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猫のポン・プルクワです。
くねくねとちょろと丁稚のわんこ2つと暮らしています。


飽食。

最近は、いつものカリカリでは満足できなくなってきた。
あたしも歳である。死期もそれほど遠くない。贅沢が許される頃合いかと思われる。
そんなわけで、家人により芳醇なあじわいのある食事を提供するように強く訴えている。
そんなわけでメインデッシュ(一日たった2回)は、朝と夕方にあるのだが、そのときは、レトロトか缶詰のカリカリ添えが出される。
レトロトも味わいがコロコロかわるようになってきた。いわゆる「日替わり」というものである。良いことだ。
そのあいだにもあたしは、お腹が空くのだが、間食もグレードをあげてもらうことにした。シーバである。噛むとなかから旨味らしきものが、じゅんじゅわーっと出てくる。いままでのカリカリは一体なんだったのか?というほど旨い。しかしその以前からずっと出されてきているカリカリも未だに出される。なんでもあたしの身体のためだという。これを食べないと便秘になってしまうのだとか。しかし、人の文明はすごく発達しているはずだ。便秘にならずに、それでいて美味しいものをもっと探して提供していただきたい。

しかし便秘は恐ろしい。以前、ある地獄(動物病院)では、お尻に何かつっこまれてあたしの固くなりすぎたババをひっこぬかれたことがあった。歯が抜けるほど痛かったことを記憶している。あれは嫌だ。そんなわけで、なくなく普通のカリカリも食べている。

いっぽうで、煮干しはもう食べにくくてそそらないのである。噛むのが苦手になってきた。加えて、家人たちの食事のご相伴を預かるために、家人用のテーブルに登るのもこれまたしんどいのである。エレベーターのようなものが欲しい。検索してみると「エレベーターテーブル」というものを見つけた。しかしどうもあたしの求めるものではないようだった。かつおぶしもどうにももう飽きたというか食べにくくて嫌気がさしてしまった。口のなかの上のほうにくっつくし、食べにくい。

飽食である。

食べること以外にさほど楽しみがないのであるが、食べ物にも飽きてしまうとなると、これはもう悟りを開く以外にせんかたなしである。
ゲームでもしてみようか。でもたぶん目に悪いんだろうなぁと思うと惹かれない。

暇である。

そんなわけでただただ眠っている。今日は雨が降っているのだけれど、雨が降っていると寝ていることがしっくりきて良い。低気圧、なかなか良い働きをしてくれて、眠気がいっそう強くなる。

何か、こうこの老猫の楽しみになるようなものを見つけないと溶けてしまいそうな気がする。



 



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[ 2017.06.21 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]
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猫のポン・プルクワです。
くねくねとちょろと丁稚のわんこ2つと暮らしています。
猫、ポン・プルクワへの連絡はponyan@graphic57.com。


 悪の手は、うたた寝をしているあたしの下腹にそっと入ってきて、やさしくその者のかいなにあたしの身をおさめた。あたしを恋しく思っての行いだろうとあくびひとつしながら、そのものの顔をぼんやり見上げた。ずっと一緒に暮らしてきているくねくねの顔がそこにあった。あたしには、かすかなながらもしっかりとした安堵が去来した……


からの地獄バッグに収監。


 「なぜ?」「なんで?」「なにゆえ?」「ホワイ?」「プルクワ?」いろんな言い方で疑問を口にしてみたが、聞く耳もたずに、恐ろしき外界へ連れ出されて、幸か不幸かうちからさほど遠くない地獄(動物病院)に連れて行かれた。地獄の常だが、見知らぬにゃんのみならずわんこもいる。気が触れたみたいに尻尾を振って、あたしの収監されているバッグ(は寝台のうえに置かれた)を見上げてくる。
 どこの地獄にも、人が「せんせい」と呼ぶ鬼がいるのだけれど、近所の地獄にも鬼がいて、あたしの身体をみたり、さわったり、ひっくり返したり、口を開けたりしてくる。あたしはこれを「地獄痴漢」と名付けている。取り締まるにゃんこポリスがいないものだろうか。
 なでくりまわされた後は、ちがう鬼にあたしは引き渡されて、泡地獄に身を置かれることになる。身体中泡だらけにされて、そのあとぬるい水を掛けられる。「泡地獄、水責め、ダブルで」、とクールに注文した覚えはない。注文したのは、おそらく家人のちょろである。しかしこの地獄の後(には、温風責めで身体を乾かされるのだけれど、それも終わってからのこと)、身体に毛の溜まった感じがなくなり、痒いところが霧散しているのである。どういうことなのかしら。とは言え、地獄は地獄。けっこうな地獄めぐりをされきったところで、おそすぎるヒーローの登場(ヒロインはもう息絶えているくらい遅い)、くねくねが登場してあたしを自宅に連れて帰ってくれる。

 あたしが何をしたというのだろうか。不条理きわまりない。テレビを見ていると凄惨なニュースをよく目にする。近所のおばちゃんたちのインタビューでは、「まさかあの人がこんなことを……」と決まりきったセリフのように口にする。あたしも同様に思う。日頃信じ切っている家人ども、くねくねとちょろ。なぜあたしを地獄に連れ出し、虐待を行い、しれっと連れ帰ることができるのだろうか。

 恐怖であり、謎である。

 彼らには、あたしの知らない顔があるのだろうか。寿命が尽きるまえに知り尽くしたいものである。そうだ、探偵になろう。家人たちをよりよく観察してみることにしよう。これはもう昼寝をしている場合ではないかもしれない。しかしもう眠くなってきたので、調査はまた今度にする。


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[ 2017.06.14 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]
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猫のポン・プルクワです。
くねくねとちょろと丁稚のわんこ2つと暮らしています。

 生まれてはじめて歳をとってみているのだけれど、歳をとると猫は、だいたい寝て過ごすようになる。もともと普段から寝てはいたのだけれど、更に輪をかけて眠るようになる。睡眠も深くなる。野生的な警戒心は、あたしの右下の鋭い歯とともに今やもうない。おおむね熟睡といっても過言ではない。経験したことのないほどの深い睡眠のために、目が覚めると一瞬だが自分がどこにいるのか、わからなくなることもある。そうなるとちょっと怖くなって、あたしは慌てて、人を呼ぶ。

 人がいれば、誰かがすっ飛んで来て、「どうしたの?」と言ってあたしを撫でてくれる。そうなれば、あたしはだいたい気が済むし、安心する。安心するとお腹がすくので、ご飯を無心する。さいきんはチュールがお気に入りである。あれは美味しい。

 人がいないと、あたしの呼び声は虚しくうちのなかに響いて、そのまま行方知れずとなる。わんこがぴくっと動くこともあるが、それだけで終わる。呼んでも誰もこないときは、ものすごく寂しくなる。寂しいのは嫌なので、また寝てしまう。

 
 長い睡眠のあいだ、ときおり夢をみる。体温や匂いの夢だ。それが誰の体温なのか、何の匂いなのかはわからない。そこにはないものが、あたしの内側にあるのだなぁということだけを感じる。

 
 不思議なもので、よく眠るようになると、寂しいと思う気持ちがときどきぶわっと強く広がる。昔は寂しいと思うことなんてそんなになかったのではないかしら。むろん、そんなに昔のことなんて覚えていないのだけれど。でもまあ寂しいものである。わんこですら恋しくなるほどである。しかしわんこたちとあたしの関係は、今のところ、あんまり近づかないでおきましょう条約が、締結されたままである。

 
 人たちと寝ているときが一番、寂しくないのだけれど、くねくねという長年つれそってきた男のほうの人は、寝相が悪い。夢のなかでは常に振り付け師になっているのではないかしら?と思うほど、手や脚をばったんばったん動かす。人の腕は、あたしたちから見れば、人にとっての電柱くらい太いもので、それが振り下ろされるのは、とっても怖い。そして致し方なく、あたしはプラチックの自室へ帰ることになる。夜中に。かわいそうである。

 そうなると、がんらい夜行性のためか、あまり眠れなくなって、youtubeをみてしばし過ごす。最近のブームは、シソンヌである。シソンヌを見た後は、けっこうぐっすり眠れる。

 朝はくねくねが一番最初に起きて、外に出ていく。出て行く前に、あたしにカリカリをちょっとくれる。カリカリはあたしとしては、歯が減ったのもあるし、美食ぐあいがすすんだこともあって、所望しているものではないのであるが、お腹が空いているので、致し方なく食している。それからまた眠ると、しばらくして、わんこたちが目を覚まして、けっこうなてんやわんやになる。そうして一日の本番が始まる。

 わんこたちが騒いでいるとき、あたしはぜんぜん寂しくない。寂しくないが、うるさい。


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[ 2017.05.25 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]
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 白黒の猫のポン・プルクワです。

 さいきんのあたしが思うことは、ふたつあって、ひとつは床暖って素敵ということ。あたしのトイレ型ニューハウスはプラチック製なのだけれど、床が薄いためか、床暖のぬくさがプラチック製の家の中もいい具合にぬくくしてくれるのである。この冬は、ぬくさに関してはすこぶる快適に過ごすことができた。肉球がひやっとすることがあまりなかった。しかし、あたしのダイニングは、写真のこのごちゃごちゃしたくねくね(飼い主)の部屋のほうにあって、こっちには床暖がない。そのあたりが、ちょっと残念というかホスピタリティというものが欠けているかなぁと思わなくもないが、昼寝をしているあいだなどは申し分ない。雨の日も雪の日も床はぬくかった。ニャーベル賞とうものがあったならば、床暖を作った人に授与したい。

 もうひとつ思うことは、すごおく寂しいということである。ばっちばちに寂しい。うちの人たち(ふたりいる)は、あまり外出することなくうちにいることが多いので、彼らに対して寂しく思うことはあまりない。誰に対して寂しいかというと息子に対してである。息子は2年くらいまえに死んだ。いや悲しい話ではない。実際に猫は、悲しいという感情についてはうまいこと理解できない。しかし日が経つにつれて、不思議と寂しいという思いはつのりつのって、どんとあたしの思考の隣に居座るくらいになっていった。そういうことに自分でも驚いた。



 あたしは、自分が生まれてからけっこう早めに息子を産んだのだけれど、産んでからずっと15年くらい一緒に生きてきた。そして夏だろうと冬だろうと息子はあたしにくっついて眠るのが好きだった。ときどき暑かったり、重かったりして煩わしく思うことも少なくなかったが、それが日常というかあたりまえに存在していた。ぬくもりと重さと気配である。外で暮らす猫の寿命より三倍くらいの長さをあたしは息子にくっつかれながら過ごしてきたことになる。それがなくなってしまったということに、意外なほどあたしは寂しく思っている。その寂しさは先にも述べたが、日に日に増していて、ここ最近になってやっと落ち着いてきたところである。



 寂しくなると、あたしは子猫みたいな鳴いてぬくもりを持つものに向かってその寂寥を訴える。人がうちの中にいるとくねくねかちょろ(くねくねの伴侶)が、ばたばたとあたしの居るところに来て、首や耳の後ろを撫でたり、掻いたり、側でじっとしたりしてくれる。すぐに彼らは去ってしまうが、あたしの寂寥は、吐いたあとの毛玉みたいにころっと身体から出て一度消える。ありがたいと言えば、ありがたい。しかし人がいないと、あたしの訴えは、うちのなかの空中に浮かんで、しだいに消えてしまう。うちにはわんこたちもいるので、あたしの鳴き声を彼らが聞くこともあるが、だれもあたしのそばまで寄ってきてはくれない。どうにも寂しいときは、あたしからわんこのいるわんこ家に潜り込んでいくのだが、彼らは逃げてしまう。結果、わんこのぬくもりと匂いのあるわんこ家の中であたしはひとり眠ることになる。それでも少しは寂しさが紛れる。

 日常になったぬくもりというものは、奪われるとこれほどの寂しさに取って代わられるのかという驚きを、あたしはこのほど感じ続けてきた。あたしは眠るとき、くねくねの脇に潜り込んで眠るのだが、そのとき少しだけ、くねくねが死んでしまったら、さらに寂しい気持ちになるかもしれないからそれは嫌だなぁと思うことがある。そして同時に、今ここにぬくもりがあることにとても安心もする。

 生き物に体温がある意味を、こうしてあたしは最近よくわかってきた。そして、寂しいと思えることが、息子が生きてきた意味にもなる気がして、悪くはないと思っている。

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[ 2017.04.06 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]
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 高貴な猫、ポン・プルクワです。

 しばらくブロゴを休んでいたのだけれど、ここ最近、あー歳とってきたなーと思うことしきりなので、いつ死ぬかもわからないし、老猫の日々思うこと・感じることを開陳して世に向けて綴っても良いのではないだらうか、とふつふつと思いはじめたので、一念発起して、ブロゴを再開しようと思った。というのもフェイシャルブック(あたしはフェイシャルブックをやっている)をみていても、死んじゃった猫を悲しむ話をときどき見受けるのだけれど、さて人に一生の全部やほとんどを愛されて生きてきた猫は、愛されたまま一生を終えるというのは、さほど悪いことではないというようなことを、猫の口から(正確には肉球から)伝えておいても良いかもしれないとも思ったからでもある。


 とか、やや理念をもって再開するかみたいな口上を述べたが、書くことはしごくささやかすぎるほどささやかなことばかりとなるだろうと思う。例えば、「歯が抜けた」とか。



 そう。歯が抜けた。ブロゴを休んでいるあいだに、けっこう抜けた。3本?くらい抜けたように思う。抜けて食べてもうてしもた。美味しくはなかったが、食べたからには抜けても損はしていないような気もする。収支プラマイゼロやないかなと。あたしも、「きれいね、わかいわいねー、このあいだヤンジャンの表紙に載ってなかった? 見た気がするー」とかよく客人たちに言われるのだけれど、言っても齢18である。人ならいくつくらいなのかしら。黒木瞳さんくらいだらうか。歯の抜けた黒木瞳さん。というのが、だいたい今のあたしである。




 そして相変わらず丁稚のわんこ2頭と暮らしている。流石に慣れた。コミュニケーションはうまいこと取れないものの、このように(上の写真)共存はしている。ちなみにこの狭小ハウスはわんこ用のものであるが、あたしは自由に使うことを許されている。あたしが高貴で偉いから。しかし偉いあたしのごはんを写真の左で凹んでいるわんこ「もも」は、すぐに盗み喰らう。疾風の如くあたしのダイニングに突進してきて貪り食べ尽くしていく。これは思うに教育の問題だらう。あたしは慌てずにおかわりをもらって事なきを得ている。洗練されたリアクションじゃないかと自負している。




 他にも多々書き連ねたいことがあるのだけれど、ひさびさにキーボードを打ったせいかもう肉球が痛い。なので、小出しにちょこちょこ書いていこうと思う。どうぞおつきあいくださいませ。よしなに。

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[ 2017.03.30 | 猫日記 | コメント: 1 | PageTop↑ ]