居間からのカント



どうも。昨日、夢の中で岩城滉一に飼われている夢をみた6歳の猫です。
ご無沙汰しております。
夢のなかで岩城滉一は意地悪だった。酔った勢いで(またたびにである)帝京大学を悪く言ったのが失敗だった。夢の中で岩城滉一の出身校を知るとはまた奇怪であるが奇怪で済めばよいものの不愉快でもあった。夢の中で岩城はわたしに大人の遊びを強要した。やれサーフィンだ。やれバイクだ。しまいにはカレーを食わされた。雨続きであったが、この夢をみた後少しの間寝つきにくくなった。

秋がきた様子だがいかがでしょう。雨は続くし、霹靂も頻繁だ。その上寒い。だから眠くて仕様がない。眠いがねてばかりなのもなんなので最近わたしは英語の勉強をはじめた。同居人のAが「イギリスに住みたい」ともう一人の同居人に熱く語っているのを聞いたのがきっかけである。私も連れていく気がある様子。しからずんば英語を覚えておかなくては読み物、挨拶、日常会話に困るだろう。

正直に言うとそんな先のことまで考えたりするほど、わたしも「ひと」臭くはない。単に暇つぶしだ。英語も禄に使えそうもない同居人間たちにたいして優位を獲得したいという野心もある。なんだっていいが。

いろいろ英語の本を読んでいるなかでこんな表現をみつけた。

It’s the elephant in your living room.


「居間にいる象」という諺らしい。
意味は、大きな問題を抱えていてもそれを無視しようとするとかなんとからしいがよくわからない。誰か解る方がいらしたらぜひメールかコメントで教えていただきたい。(メールはgreedproject@gmail.comでーす)ただ単純に面白い表現だと思った。居間に象がいるところを想像していただきたい。「大きすぎるから無視する」というニュアンスがよくわかる。そして笑いそうになる。ひとはこういう表現を通して現実に身を慣らしていくのだろうか。

私がこれを書いている居間のテーブルから今息子のカントがよく見えるが、象が居たらよく見えないのだろう。それどころかこの場所も確保できるものか怪しい。そうなったら象の背中で書くことにしよう。そんなことを想像していると睡魔がまた襲ってきた。後生だから岩城滉一は出てこないでほしい。カレーも。