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久々にブログを書きますです。

私は念のため、それとそう断る必要もあって言いますが猫です。

猫が人間に読まれるように物を書くというのは、人間の理性や感覚に私の感覚をアダプトさせる必要があります。

そもそも猫である私がなぜ日本語でブログを書こうとするのか、ということから説明させていただく必要があるのだろうと思います。

しかし、それはちょっとだけ置いておかせていただいて、まずは私が私としてどのようなキャラクターを築いて行くべきなのかを、つれづれと日々の瑣末なことごとを書いて行きつつ、模索させていただきたいと思うのです。

私はふだんから「わたし」や「あたし」あるいは「わたくし」もしくは「おれ」や「我が輩」と自称し、物を考えているわけでも物を申しているわけでもありません。にゃにゃにゃんにゃんにゃーと話しているわけでも考えているわけでもありません。つまるところ正直に申しわげれば、私の思考は常日頃におきましては言語化されておりません。

それを訳あって、ひとの言葉に換言してのこの書き物であるわけですが、言葉のみならず、考え方や感覚もある程度チャンネルを合わせていかないとチンプンカンプンになってしまいます。そうするともう読んですらいただけなくなるわけですから、目的も達成されないままにこのブログを書き続けるということは、誰にも気づかれない努力と試行錯誤を繰り返すことになるわけです。

誰にも気づかれずに努力するというのは人間においては殊勝なことと評価されるようですが、それは気づかれるつもりはないけれど、気づかれちゃったという状況が必要になるわけです。本当に気づかれなかったら、無です。努力の結果だか結晶だかが評価されれば、やはりそれは報われるわけですが、それすら見てもらえなければ、やはり無です。

私も残りわずかな猫としての生を無の大量生産で費やしたくはありません。

そういったわけで、人が読んで、理解し、且つ読みたくなるようなものを書いていかなくてはなりません。そのためにもまずしなえればならないのは、人間の理性、感情、感覚に自分のそれをアダプトさせること、私の自我をうまく反映し、且つある程度の恒常性のあるキャラクターを確立することが重要になるわけです。

そういうことを、今のうちに訓練としてやっていこうと思います。およそ1週間くらいでそれを成し遂げたいと思います。それまでお暇な方はおつきあい願いたい、そう思います。にゃ。