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くねくね
2011.11.25
「くねくね」というのは、十年前に千葉の新浦安駅にいた私をさらって、それ以降ずっと一緒にくらしている人間だ。

「さらって」という言葉は正確ではあるのだけれど、その周りにつくニュアンスは誤解を生みかねないから、少し補足をしておきたい。私は誰かに捨てられて新浦安駅の周りで日々を過ごすようになった。そうなって間もない頃だったように思う。私は当時身重で、それゆえに捨てられたのかもしれないのだけれど、とにかく身重とはなんぞやということも上手いこと自覚できないまま、自分の身体の変化を感じて、ちりちりとした不安をただですら感じていたさなかに、外に放り投げられたようなものだったので、猫ながらになかなか分厚不安に包まれて過ごしていた。縄張りという意識もまだ芽生えぬままに、怖くて動けないという意味で、小さな区域を行き来していた。

少なくない数のヒトが私に近づいてきては、撫でたり何か食べ物をくれたりはしたが、皆かならず去っていった。私はまだ甘えることも強く警戒することも覚えていなかったので、戸惑うように近づいてくるヒトたちと接していたような気がする。そうはっきり覚えてもいないことも多いので、想像で補足している部分もすくなくないだろうが、今、私が「そのとき」のことを思い出そうとして記憶の奥へ伸ばした手が触れることのできるものを言葉で再現すると斯様になる。

その再現を続ける。

身重といいつつも、私は妊娠ということがどういうことなのかよくわかっていなかったが、自分を大事にしないといけない、というか安全な場所に身を置き、なるべくちゃんと食べないといけないというようには感じていたと思う。その真逆の環境にいたわけだけれど。そんな矢先に強い台風が訪れた。夜明け前から雨脚が強くなり、昼過ぎには体験したこともない強い雨風に見舞われた。低木の下に隠れていたが、雨は毛を濡らし、低木の葉にあたる雨の音はばちばちとけたたましく、そしてとてもとても寒かった。空の発泡スチロールの箱がカラコロと高い音を立てて道路を横切ったり、街路樹が折れたような音もした。ヒトの声はあまり聞こえず、自動車が水たまりを蹴散らすじゃーっ!という音が何度も断続的に聞こえてきた。

今思えば、もっと雨風をしのげる場所があったんじゃないかと思いもするが、当時は場所も屋外も不慣れなためにあまり動けなかったから、やはり仕方のないことだったかもしれない。ぼんやりとした記憶だけれど、あの低木の葉にあたる雨音と湿った草と木の匂いと車が水を跳ねる音はけっこう思い出せる。思い出すと少し寒いと感じる。

そんな台風が去った夕方、私は食べ物をもらうためにヒトが多く行き交う駅の出口付近へ移動した。多くのヒトが撫でてくれるが食べ物をくれるヒトはいなかった。そんなときに現れたのが「くねくね」だった。くねくねは昨晩も私を見かけたらしく、屈んで行き各人々には聞こえないようにか、小さな声で「無事でよかった」とつぶやいた。しばらく私のそばにいたかと思うとそこにもう一人ヒトが加わって、私の事を「ポンちゃん!」と呼んで笑った。女のヒトで、小動物のような気配の目の大きなヒトだった。くねくねより少し若かったかもしれない。このときの二人の会話で、昨晩二人は私を見つけて、しばらくそばにいたり、ご飯をくれたりしたことが分かった。私はあんまり覚えていなかった。

それから二人は私を抱えようと一度したが、私がいつもの低木から離れるのが怖くて振り切って逃げてからは、少しずつ呼んで私がそばにくるのを待って、そばに来たらまた少し離れて私を呼ぶということを続けた。その間、女のヒトは私をずっと「ポンちゃん」と呼んでいた。くねくねも途中から「ポンちゃん」と呼び始めた。しばらくして私があまり来たこともない場所までたどり着いた時、くねくねは私を捕まえて車に乗った。それから十分くらい経ったとき、気がつくと私はくねくねのうちにいた。家具のほとんどないマンションだったが、静かで少し暖かかった。

そこで食べ物を出してもらった。缶詰だったと思うが、大変美味しく大変救われた。そのためについてきたようなものだった。これで食べ物が出てこなかったら、今、私はくねくねのことを冷血漢の詐欺だとか失望工場野郎だとかいって、声を大にして非難しつつ紹介していただろう。


自分の意志に関係なくどこかへ連れされることを「さらう」というのだろうから、私はさらわれたと言える。でも私はさらわれてずいぶんと助かった。おなかいっぱい食べられたし、どきどきする車の音やなにやかにやがなくなったから。あの日以来、私は雨に濡れたことがない。

台風のあったあの日、くねくねのうちに連れてこられたあの日、くねくねがテレビをつけると大きなビルが崩れていく光景がニュースで流れていた。くねくねは驚いて「ここの屋上で僕は写真を撮ってもらったんだよ」と女のヒトに大きな声で言っていた。

その数分後、私がくねくねのベッドで下痢気味の大便をしたときには、もっと大きな声でくねくねは何かを叫んでいた。けれども私はその瞬間から少しだけリラックスしはじめた。ヒトのせいで私がおののいたり慌てたりしたことはあったが、私のせいでヒトが慌てたり驚いたりするところをみたのはその時が初めてだった気がする。それからも、くねくねは何度もいろんなことで驚いたり笑ったり泣いたり怒ったりした。私や息子についての反応だったり、テレビにだったり、一緒に住むだれかにだったり、その場にはいない何かにたいしてだったり。


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これがくねくねの机。一日の大半はここに座って何かしている。朝、この辺にあるものを落とせば、飛んで起きてくることもあるし、まったく起きてこないこともある。


とにかく、台風があって、どこかのビルが崩れてしまったあの日から、私はずっとくねくねと暮らしている。


[ 2011.11.25 | 猫日記 | コメント: 1 | PageTop↑ ]