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嘆きの机
2011.11.26
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私たちはヒトの言葉を口にしない。

そもそもできない。だからうちのヒトに何かを伝えるときには、言葉ではない方法で意思を伝えことになる。当然と言えば当然な話なんだけれど。そういったわけで私たちは基本的にうちのヒトたちが起きていれば、鳴いて伝える。寝ている場合は別の方法を使う。鳴いても起きないからだ。そばにいって相手を見て鳴く。まずは「こっちを見ろ」と。そんなつもりで鳴く。


「まあこっち見てもらおうか。」


「見て気づかないか?」


「この時間で私たちが伝えたいこと、なんだかわかるでしょ?」


「わからないの?」


「え?まじで?」


「何年も一緒に住んでて?」


「それでも分からないってことが……


ありえるの?」


「学習能力リセットされた?」


「昨晩、どこかですごい光に包まれて、それからどうやってうちに帰ってきたか覚えてないとか?」


「神社で坂から誰かと一緒に転がり落ちた?自分ではない誰かなの?いま」


「あーもー五十音表と十円だしてよ。そして私の手のうえに軽く力を抜いて指置いて。三文字で済むから。」


というような気持ちを伝えようとしている。

たぶんだいたい伝わっているはずなんだけど、にも関わらず無視されることがある。あれはどうしてなんだろう?どうして無視できるんだろう?たまに「ちょっと待って!今、忙しいんだから」と答えてくるんだけど、私たちには「忙しい」ということが今ひとつよく分からない。ヒトにはしなきゃいけないと思っていることがいっぱいあって、それには期限がついてまわっているようだから、それが重なると「忙しい」ということになるのだろう。でも私たちには期限のあるものがない。食べなきゃ死ぬ、という類の期限はあるけど、それ以外にはない。だから分からない。でもまあそれも仕方がない。そもそも異文化交流なわけだし、理解し合えない部分は多々出てくるものだろう。







そういうときは私たちは、行動に移る。言ってダメなら拳で的に、ボディを使って伝えることになる。

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私たちが何かヒトに伝えたいことは基本二つで、「ごはん」か「かまえ」で、「ごはん」はだいたいくねくねが用意するので、くねくねに物言うことが多い。が、くねくねは普段から忙しぶっている。そういったわけで私たちがボディを使って何かを伝えるときの舞台は、くねくねの机まわりだ。机のうえにはモノがいっぱい乗っているので、隙間を見つけてはそこに乗り、訴えかける。





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もはや鳴かずに背中で訴えたりする。
「ここまで言ってもわからないなんてとても悲しいし、誠に遺憾である。でもまだ我々は一縷の望みを捨て切ってはいない。君ならまだ自分のしなければいけないことに気づける可能性を持っているんじゃないかと思う」と訴える。





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たまにはリアクションをまちくたびれて眠ることもある。

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見捨てることができないところが家猫のデメリットと言っても良い。諦めずに伝えるしかない。





しかし遠慮深い私たちも業を煮やすということもある。そもそもごはんを提供するのに費やす時間や労力はいかほどかと。かまうといってもブラッシングとマッサージとくらいなものだ。少年ジャンプの「ハンターハンター」と「ワンピース」を読んで、スピリッツの「アイアムアヒーロー」を読むくらいの時間で済むはずである。それを差し置いての何をしているのか、と。世界の危機を救うことのほどをしているのか、と。

そういうときにはもうドンと行く。

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「はい、ちょっとみんな集まってー」という感じで仕事なりなんなりはかようにして中断していただく。本当はここまでしたくない。品が無いから。だからここまでさせないでもらえれば本当は一番いい。さっとごはんを出したり、さっと首を揉んでくれたり、すればいい。向井理ならそういうことすっとできそうな気がする。











話はちょっと変わるが、このくねくねエリアにはエアコンの温風スポットがある。

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ちょっと狭いのだけれど、暖かいのでついここに来てしまうこともある。とても嫌がられるが、暖かいので仕方がない。それが嫌なら、オイルヒーターの使用を復活させるべきである。



それはそれとして、くねくねが不在の時間が長いと私は少し寂しく思うので、そういうときもこのくねくねエリアに滞在してしまうこともある。




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やっと帰ってきた時には、少し苛立たしく「こんな時間までどこ行ってたんや?ASIMOだって自分で充電しにもどってくんねやで?すぐに戻られへん時にはメールの一本くらいしいや!まあメルアド交換してへんけど、それくらいの気持ちを持ていうことやねんで!」と怒鳴ってしまうのだけれど、言葉といういうか気持ちは伝わらず、ひょいと持ち上げられて、床に降ろされる。






異文化の壁、もしくはバカの壁は厚く高い。猫の私たちでも身軽に乗り越えることはできない。
それが面白くもあるけれど。







そうそう、嘆きの、といえば嘆きの壁なのだろうけれど、こんな写真もあったので載せておく。






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これは私にくっつく代わりに壁にくっついて眠っている息子である。コメントはなにも思い浮かばない。


いつも読んでくださってみなさん、ありがとう。

[ 2011.11.26 | 猫日記 | コメント: 3 | PageTop↑ ]