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ドラマ「南極大陸」を見ていると、寒さに耐え続けられる犬にいつも感心する。犬ってすごいなと。

私は寒いことが得意ではないし、好きでもない。でも少し寒く感じるときに暖まっていくことができることは好きだ。だから、冬の天気の良いの昼まえから夕方まえくらいの時間にかけて部屋の中に生じる陽だまりに身をおくことが好きだ。目をつぶっていてもちりちりと光が触れる場所が温まっていくとを感じる。ゆっくりとしっかりと温めていく。日が沈んでも、私たちの毛には陽の光の匂いが残っている。


私は私たちの飲水がなみなみとはったボウルに当たる光が反射して天井に揺れ動く光を映し出すのも好きだ。何かのヒントのように見える。私はその光のヒントから何の回答も導きだせないが、夜になってもしばらく時間がたった数日後も、揺れる光の姿を思い出すことがある。


陽だまりの中に限らないが、目を閉じて耳を澄ますといろんな音が聞こえてくる。車の流れる音やヒトが部屋の中を移動する音、洗濯機の音、息子が棚の上まで駆け上がる音、小さく吐くため息、それだけでなく、光が床を温めていく音や、うちのなかにいる生き物たちの鼓動なのか、血の流れる音なのか、ごーっという小さい音も聞こえていくる。それらひとつひとつがかすかな温度を持っている。それらを集めていくと少し私の体温はほんの少しだけ上がる。



私はヒトの膝の上にのることが好きだ。息子も好きな様子だ。息子はおでこの股の間に身をおくのが好きだ。私はくねくねのジーンズを吐いた膝の上にのるのが好きな方だ。爪を立てても痛がられないで済むことがデニムの良いところだ。膝の上の良いところはもちろん暖かいところだが、それに加えて、ヒトが私達が快適にいられるように膝を水平に保とうと気を遣ってくれることを感じることも好きだ。



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膝にのっていて感じることが好きなものがもうひとつあって匂いだ。香水やなんやは苦手だが、自分が好きなヒトたちや息子の匂いを暖かさと一緒に感じるのはとても良い。テグジュペリのようなことをあらためて言う気はないのだけれど、目に見えないものの方にもいろいろと大切なものがある。それが何なのか、歯切れよく明言できないが、強いて言えば、きっとまとまらないと思うのだけれど、安心できる場所で好きな存在と触れ合っているときに目をつぶって感じるもの全てが、きっと私にとって大切なものなのだろう。



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私たち猫は、幸福という概念を持たない。幸福とは私の解釈ではあるが、満ち足りた思いが、昨日も今日も明日も続くというような、なんというか時間的に保証されているように思える感覚なのではないだろうか。私たちは、本来ヒトのようには明日のことを考えないし、昨日のことも考えない。だから私の解釈で言う幸福が私にとっては存在しない。でも、明るい日差しの中でヒトに撫でられているときや、寒く暗い夜や雨の日に、ヒトの膝の上でまどろむ時、夜明け前に息子が寝返りをうつのを感じるとき、時間でスライスできないような満ち足りたものを感じる。それを幸福と呼ぶのだろうか。


どちらでもいいかもしれない。ただ、好きなものや好きな時間や好きなにおいがあることがとても嬉しい。それらが明日にはなくなるかもしれないことをヒトはときどき恐れるが、私は今そこにあることがとても嬉しい、それだけだ。

[ 2011.12.05 | 猫日記 | コメント: 2 | PageTop↑ ]