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ポン・プルクワです。

してはいけないことというのは、なんやろね、こう、時々されてしまうことになっている。

例えば、「見てはいけません」と言われたら、善良な爺さん婆さんであって見てしまうこともあるし、心優しき男でも「開けてはいけません」と言われれば、開けてしまう。これ、「してはいけない」って言われなければしてないんじゃないかなと思わなくもない。それくらい「してはいけない」ことというのはにわかに魅力を持つことがある。

うちの息子は大変なビビリで、占いでちょっと悪いこと書かれていたら、その日一日ベッドの下から出てこないくらいだ。譬え話ですけど。息子は、十年以上一緒に住んでいるクネクネを、亀を強姦したことがある気が狂った狼を見るかのように恐れ、逃げ出すくらいの臆病さんだ。そんな息子でも、クネクネとオデコがうちをちょっと出たりした隙に、キッチンに食べられそうなものがあれば、奪って食べる。そして後で怒られる。怒られれば、ビビリなのでもちろん脱兎のごとく逃げるのだが、その顔が少し誇らしげだったりする。あれもまた「してはいけないこと」魔力によるものだし、それを「したった」高揚なのであろう。

かように「してはいけないこと」というのは大変魅力的で、アンビバレントな性質を持っている。そこには少しロックに通じるものがあるように思う。タブーを犯して、望む向こう側には未知の世界が広がっている、そんな前向きな期待を「してはいけないこと」に持ってしまうことだってある。



だからコーヒーカップのミルクをちょっと舐めたくらいで、そんな怒らんでもええんやないかと思うねんけど。


[ 2012.02.02 | 猫日記 | コメント: 2 | PageTop↑ ]