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やあ、ポン・プルクワです。


昨日からつけられた首輪についてもの申したいところではあるけれど、それはまた今度にしたい。したいと言いつつ、少しだけ言っておきたいことがある。どうして今更首輪をつけられるのか、についてなのだけれど、クネとデコの会話からは「裕二の犀のため」というのが首輪をつける理由だった様子なのだが、調べてみたが、どうも「ゆうじ」とはヒトではなく「有事」を意味するみたいだ。というか「ゆうじのさい」は「有事の際」という慣用句のようだ。お恥ずかしい。


そんな自分の勘違いを棚に上げて、かわりに茶菓子を棚からだして、お茶入れて、「いやー最近めっきり春の気配がしますな」と前置きした上で、今日は、どーにも勘違いって止まらないもんやなーという話を少ししたい。うちもテレビや映画を観ていて、犬ころさんが、「ポチー、おいで!」みたいに呼ばれたら、びゅーっと呼んだヒトんところに駆け寄って「いえい!呼んでくれてちょー高まるんですけど!ちょっと舐めさせて!うぉん!」みたいなシーンを目にすることもはある。犬ころさんらだけでなく、なついてると思しき動物はたいてい名前を呼ばれると呼んだヒトのもとへ馳せ参じる。逆に言うと名前を呼んで馳せ参じる動物を「懐いている」と判断しているのだろう。


しかしまあ名前というのは人間さんの都合というかしきたりというか文化であって、私も毎度「ポン・プルクワです」と名乗っているけど、それはヒトに読んでもらうからであって(猫は基本ブログを読まない)、そういう名乗りを楽しんではいるものの、基本名前にそんなに興味はない。いや興味があるとかないとかの問題ではなく、問題は「呼んだら来る」と思って、何度も何度も声をかけてないで欲しい、ということなのだ。ここは声を大にして言いたい。というかそれが今日は言いたい。


昨晩はクネやデコが観ている(今更すぎる)「24」の2ndシーズンを私も横から観ていた。でも途中で「首輪について我思うのはいかがなことだろうか?」とか「井上陽水もチバユウスケも歌詞がめちゃくちゃだから、いろいろ入れ替えてみたら意外と綺麗に収まるかもしれない。こんどやってみようか。でもすっごい時間を無駄にしてしまったらどうしよう。まあいいか」とか「クマははちみつも食べるけど、ヒトも食べることがあるという事実をディズニーがちゃんと扱ったら、とんでもないことになるかもしれないな」とかくだらなそうに見えて私の興味を刹那わしづかみにするような考え事を始めてしまい、それを楽しんでいた。


ニモ!


関わらず、ドラマの合間合間に「ポンちゃん!おいで!ポンちゃん!おいで!」と声をかけてくるので、もう私は考え事に全然集中できなくなってしまったのだ。首輪をつけたチバユウスケがはちみつ食べながら「美人アリランガムランラザニア」って歌うところを想像してしまっていたりした。頭に来たので、終始無視し通した。


なんし、「名前を呼んだら来る」という考えを綺麗に破棄してもらいたい。私たちに関しては。


しかし私が呼んだら、サッと来て、撫でるなり遊ぶなり、いろいろと察してやってもらいたい。


ということを考えるとお互い様かもしれないので、あんまり怒らないでおこう。


[ 2012.03.14 | 猫日記 | コメント: 2 | PageTop↑ ]