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おっす、おら、ポン・プルクワ。

声優さんてできるだけ顔だしてもらいたくないとクネクネがテレビ観ながら言っていたけど、ぼんやり同意。孫悟空の声を聞くと、うちのなかでは元気なおばさんというイメージが湧く。ちなみに波平はあんまり変わらない。

声優の話はどうでもいい。それはさておき、ところで私も歳をとってきた。飼い猫の寿命を調べてみると年々伸びているようで最近では15年以上生きることが多いようで、そう考えると逆に私はもう後半に差し掛かっているわけだ。まだまだ頑張れるぞな、という皇潤的な元気が特にあるわけではないが、元気ではある。私は猫エイズを持っているので、医者が言うにはそんなに先は長くないらしい。でも元気である。最近は甘えるのがブームでのべつ幕なしに甘えている。『ベンジャミン・バトン』という年をとるにつれて老人から赤ん坊へと逆走するような人生を歩む奇妙な男を扱った映画があったが、あれなんかを観ると年をとることと生まれたてであることは似ているのかもしれないなと最近思う。

そう考えると私はこれからももっと甘えるようになり、そのうちにはしまいに自分では動けなくなり、やがて生まれる前に戻るように死んでいくのだろう。元いたところに帰るように考えると少し寂しくないように思うも、甘えたい対象から離れなくてはならないのはやはり寂しいものだとも思う。

しかしまあ私は先や過去を人様のように深く考えることはできないので、幸か不幸かというか幸福なことなのだろうけれど、今を享受をすれど、この先感じるかもしれない寂寥を今から気も早く憂うことはない。甘えるのサイコー!という日々である。

進化をちょっと勉強すれば、猫の後に発生した人間のほうがスペックがいろいろと高いことは認めないといけないと思うだけれど、猫がいなくなって人間だけになったわけではないことを考えると猫が人間より優れている点もまたなにかしらあるのだろう。私はその中のひとつに、今を大切にすることができる、という能力があると思っている。ヒトは賢いから、過去も未来もうんと考えてしまいがちで、今この時をちょっとおざなりにしてしまう。どうしても。でも私たち猫は、ばかみたいに今のことしか考えられない。

結果、幸福である。おそらく。

もし羨ましく思うことがあれば、真似ていただければ良いはずだ。私たちはヒトの通り過ぎたところの可能性として今いるのだから、ヒトが私たちを真似るのは可能なはずだ。のんびりと誰かに甘えるのはとても気持ちが良いので、試してもらいたい。

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あれ

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こんなことを書くつもりではなかったように思う。




[ 2012.04.18 | 猫日記 | コメント: 2 | PageTop↑ ]