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ポン・プルクワ。

さいきん、ほぼ日の「気まぐれカメら」をよく読んでいる。犬が書いたていのつぶやきに近い日記群。楽しい。犬、面白い。犬はずいぶんとヒトと仲良しな生き物だ。種と種としては自分と長い付き合いなんだとか。大昔、ヒト様がまだ野原で生活をしていたころ、ヒトを襲いかねない動物たちから身を守るために一緒に暮らし始めたとか聞いたことがある。犬のお陰でヒトはちゃんと眠れるようになったとか。持ちつ持たれつである。猫とヒトには、そんな素敵なエピソードはないのではないか。あったら教えて欲しい。プリントアウトして壁に貼ってもらって、ご飯がなかなか出てこない、夕食の時間になってもちっとも帰ってこない、そんなときに眺めて心を落ち着かせたいから。

で、さっきの「気まぐれカメら」なんだけれど、思わぬ視点から日常についての考えをひらがな多めのかわいげある様子で書かれているのだけれど、その内容に反して、どこか馬鹿っぽい。犬ってしていること、できること随分と賢い気がするんだけど、その様はなんだかちょっと馬鹿っぽいのはなぜなんだろう。私思ったんだけど、もしかして一回擬人化して見てるのかもと。

犬をヒトとして想像してみると、
「ねぇ!遊ぼ!遊ばへん!?天気いいよ!散歩いこ!いく? 行こうよ! きっと楽しいよ!ボールもってさ!行こう! 行かないかも……とみせかけて、行こう!そんな小さなサプライズ、好きだよ! 行こう! 走ろう! 楽しいよ! 走るの! いっぱい匂いかごうよ! びっくりするよ。発見いっぱいで! 行こう! 行かないなら、もう吠えちゃう。ワンッ!びっくりした? びっくりした記念に散歩にいこうよ!いやーびっくりしたよね!とかいいながらさ!」

私の犬がヒトになったとき、というかヒトの言葉を喋られるならイメージはこんな感じである。

一方猫は、

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「……………………………………なんや? うちの額に記念切手でも貼ってあるんか? エラい貴重な。それくらい見過ぎやで、自分」

「…………」

「……」

「……」

「しかしあれやな、ゴロワーズって悪そうな名前やな。街の荒くれ者みたいやん。それを吸うって、巨人やないかい。…………煙草の名前だなんて知らないで、そんなイメージしながら聴いてましたわ、ムッシュかまやつさんの曲」

「…………」

「ふと思い出しましてな」


これが私の自分の写真からイメージした言葉を話したらなんて言うだろうイメージである。ホントは、犬より猫のほうが正直賢そうやん? って話の流れにしたかったのだが、結果、そうでもない雰囲気が漂っている気がする、今。結論としては、自分のアテレコが、



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失敗だった。でもやっぱり犬ってちょっと馬鹿っぽい。分かりやすいからかな。よくわかんないほうが賢そうに見えるのかな。でもイソギンチャクとかぜんぜん何考えているのかわからないけど、ぜんぜん賢そうにみえない。賢いか賢くないかより、そもそも気持ちが悪いし、怖いし、生き物なのか自信が持てない。もう少し、動物っぽく何を考えているのか分からないものを例えに出そうか。



うみうし。



もう、この話やめよ。おやすみ。




[ 2012.05.25 | 猫日記 | コメント: 2 | PageTop↑ ]