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PP。

最近、というかここ数年、昔というほどでもない程度の過去から今に至るまでの話、身体が重い。歳のせいだろう。ベッドに上がるのもまず少し低いサイドテーブルにのってから、ベッドに移動するようになった。慎重という徳をひとつ身に着けたんだなぁ、と実感している。歳をとるたびに、賢くなっていく自分に惹かれる思いを抑え切れない。地球上の猫が蜂起し、人間支配の感のあるこの星の主導権を握ろうとする革命がおらんとすることがあれば、自ずと私がリーダーにされてしまうのではないだろうか。嫌だな、面倒だな、でも資質がそれを不可避なものにすることだろう。でも嫌だな。というか猫は人間のうちに住んでいるほうが、立身するよりずっと快適な人生を送れると感じている。少なくとも私はそうだ。妊娠できないようにされてしまう、ということに関しては一言二言で片づけにくい話ではあるが、正直、それはもう遺伝子側の問題であって、個体である私の問題ではないかもしれない、というか今更考えても仕方がないから考えない。つまり、ヒトと一緒に暮らすのは快適である。だから蜂起なんかしない。猫ワールドでは福澤諭吉みたいな猫が現れても、誰もついて行かないであろう。「独立自尊」って? なんで独立するの? 独立したらご飯貰えないよ? 飼い犬みたいな身分でいいのか? もちろん良い。飼い猫だけど。依存上等である。むしろ飼いたくなる魅力をそなえた私たちは素晴らしい種である、と思う。テレビに出てみんなに尊敬されている風な大御所風な加山雄三を飼いたいと思うヒトがいるだろうか。否。でも飼ってみて、いろいろと世話した結果、「ぼかぁー幸せだなぁ」って言われたら、グッとくるかもしれない。それは有りかもしれない。また例えで間違えた気がする。なんし、



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掲げるなら「依存自尊」である。依存できてる自分を尊ぶ。私のほぼ一生を共に暮らしてきたクネクネは、私や息子の寝顔をみて(だいたい私たちは薄く起きているから気づく)、とても幸せそうな顔をする。一緒に寝てくっついてくる。すごく撫でてくる。私たちは寝ているだけで、ヒトに幸福感を与えている。田中麗奈でもそうはいかないであろう。そんな猫のなかでも、歳を取るごとに慎重になり、思慮深くなっていく私はもしかしたら群を抜いて高貴な個体なのかもしれない。この高貴さを無駄にして、私はのんびりと今日もうたた寝したり、景色を見たり、変わる天気や昼から夜になる様をみたりして過ごす。依存自尊。最高である。



[ 2012.05.30 | 猫日記 | コメント: 1 | PageTop↑ ]