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ポン・プルクワです。


曇が多いのは梅雨入りしたからなのね。

最近は来客も減ったかのような様子で、うちの中は静かである。聞こえてくるのはキーボードを打つ音と、洗濯機の周り音、しかし外からはうるさいバイクの音がときどき聞こえてくる。うるさいバイクって誰のなに目的のために存在しているのかしら。それを好むヒトがいるのかしら。うるさいのが好き、うるさいとはやい、うるさいと安全、そういうことがあるのかしれない。声が大きいと出世しやすいと聞いたこともあるし。しかしわたしは嫌いである。うるさいバイクなんて嫌いである。息子に頼んでみたら、どうにかなるかしら。念やらスタンドやらで。頼んでみたときの息子の反応を想像してみたら、ちょっと悲しい気持ちになったので、やめておくことにした。


静かな家のなか、私と息子とクネクネは仲良くしている。一人でいることが多くなってから、クネクネは私と息子と遊ぶ時間を多く持つようになった。獲物を追うのも捕まえるのも楽しい。平和である。しかし毛がずいぶんと抜けるので、私も息子もちょっと葉っぱが食べたくて仕方がない。この間、くねくねの机の上にあった花の草をかじって食べようとしたら、花瓶を倒してしまって机周りをびちょびちょにしてしまった。しかしそのときくねくねはまだ寝ていたので、地震のせいにすることにして私も息子も知らん顔をして過ごした。



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しかしちょっと吐いた後を見つけられて私たちのしわざであることがバレてしまった。バレたところで、猫草を買ってこないくねくねが悪いのだから、私たちが怒られるいわれはない。くねくねは怒ることなく(当たり前だが)片付けを始めたが、とたんに掃除熱が入ったみたいでその日半日、掃除に明け暮れていた。そういうことってたまにある。私たちにも変なスイッチが入ってすごく走ったり、新しいのんびりスポット探しの旅(うちのなか)を急にはじめたりすることがある。


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息子とくねくねと仲良くやっていると言ったものの、考えてみれば仲が良いというのはどういうことだろうか。相手が側にいても苦ではない。相手が側にいないと物足りない。(またうるさいバイク!誰も怪我しないで、しかしバイクだけ壊れる、そんな事故を起こしてほしい。そして誰かに「うるさいバイクに乗らなければこんなことにはならなかったのに……」と諭されて欲しい。)耳の後ろ、目の周りや背中を舐めてもらえる、舐めてあげる。ご飯をちょっとくらい取っても怒られない。寒い日にくっついていると温かい。そういう感じだろうか。

わたしと息子は、おそらくこれからもどちらかが死ぬまで一緒のはずである。事故や事件があったり、くねくねが私たち二頭をべつべつになるような暮らし方をしない限り。だからその日まで私は寂しいと思うことなく生きていくことだろう。今までもこれからも。それはありがたいことである。それにくらべて、ヒトの方は離別を多く経験している様子である。気の毒に思うが、一方で寂しい思いを補完する何かも得ているのであろう。それにどんな状況だって、ほうっておけば解決していくはずである。頑張って生きて欲しい。私たちもこう見えて頑張って生きているのだし。

頑張って寝て、頑張って食べて、頑張ってトイレして、頑張ってブラシをかけてもらえるように訴えて、頑張ってお客たちとときどきであるが仲良くなろうとしている。そう考えると私たちって立派だなぁ。



[ 2012.06.25 | 猫日記 | コメント: 2 | PageTop↑ ]