ねこだす
2012.07.18
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ポン・プルクワです。

あらためて断っておこうと思う。私は猫だす。「である」と言いたかったが、その語尾をつかうと記号化してしまうので、迷った挙句「だす」になってしまった。ちなみに「だす」は大阪弁である。書物で覚えた。私は大阪の人が大阪の言葉を喋るところをテレビで以外みたことがない。ちなみにおでこは神戸の人だった。おでことは、ついこの間までうちにくねくねと住んでいた女のヒトのことである。うちから出ていったのだが、昨日も来ていたので、出てったのだかどうかよくわからない。それはきっと私の関するところではない。神戸のヒトなので、神戸言葉を時折喋る。なかなか興味深かった。私はすでに神戸言葉はマスターしたと思っている。覚えが早いのだ。またくねくねというのはあらためて断っておくが、同居している男のヒトである。くねくねは、北海道生まれの北海道育ちであるらしい。おでこは北海道のことを「ロシア」と言っていたので、日本生まれの私からしてみれば、外国人にあたるのかもしれない。しかしロシア語らしきものを話しているところを聞いたことがない。国を捨てたのだろうか。しかしまあそのあたりもわたしの関するところではない。わたしは言いたかったのは、たしか





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そう、わたしは猫だす、ということである。

猫であることをここでびしっと示しておきたい。ごくたまに「中のヒトは誰なんですか?」と尋ねられることがあるが、失礼千万な質問である。中も外も猫である。百パーセント猫である。耳の中はいつだって湿っている。猫だから。ひねもす寝ている。猫だから。灯火がなくとも夜闇の中なんでもくっきりばっちり見えている。猫だから。今の季節、毛がぬけて、それを舐めて整えているので、ここ最近吐いて吐いて仕方がない。猫だからである。こうした言葉を重ねて猫であることを訴えたいわけだが、それは観察していても書けることがらであろう。どうしたら猫だと文字、言葉を使って明かせるのであろうか。





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そもそも文字を持って何かを明かすことなどできるのであろうか。そうだ、猫のごろごろは現代科学ではまだどのように鳴らしているのかわからないそうである。猫である私がそれを「これはこういうものだ」とここで明らかにすれば、さすがに猫であろう!と信じてもらえるに違いない。良い考えである。ユリイカ! さあ聞いてもらおう、猫はどうのようにしてごろごろと鳴らしているのかを。






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こう喉のしたのほうが下の方からちょっと力をいれてむふーってやると鳴るのだ。ぐふーっていうほうが近いかしら。ぐふーーって力を入れるというか抜くとごろごろってなるのだ。伝わっているだろうか。明らかなになったであろうか。胸のうえのなかのほう? あたりを力を抜くというか入れるというかするとごろごろと鳴る。どの器官がどのように、ということになると私も自分の体の中を観たことがないからわからない。わかるわけがない。ごめんなさい、わかんない。

でも猫だす。

猫なんです(川平の真似をする博多華丸さん風に)。

むむむっ!


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