ひとによる
2012.07.19
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PP。

ところで、昨晩息子が慌てて登ったクローゼットの上から箱ごと真っ逆さまに床に落ちた。さすがにびっくりした。怪我がなさそうなので良かったが、兎に角、慌てるのは良くないということを猫事ながらよく分かった。息子よ、落ち着け。そしてわたしも落ち着こう。平常心。


少し思ったのだけれど、猫を好きなヒトっているなぁと。私たち猫が人間をみて「わーー!人間!かわいいい!!!きゃーー!こっちみた!かわいいい!ギャオーーー!みゃーーーー!(放尿!)」って(ま、放尿は言い過ぎだけど)ことにはならない。一方で、人間は(やはり放尿まではしないが)こんな感じである。昨晩来た客も斯様であった。レトロトや缶詰なので買ってきてくれたので、優しい方なのであろう。しかしすごい声を出す。そして喜ぶ。あれはなんだろう。なぜ「猫」を観て喜ぶのだろう。その辺にいっぱいいるのに。キマダラチズガメくらいなら驚いたり喜んだりしてもいい。猫でしょ。不思議よね。

思うに、人間の脳には暇がいっぱいあるのだ。余計なことを考えたり、愛さなくていいものを愛したり。人間は自分たちのことをなんとなくどこかで地球にとって害のある生き物、という自己イメージを持っているように見受ける。原罪みたいなものだろうか。そしてまあ実際に人間を自然に含めないで考えるのであれば、人間は大いに自然を壊しているようなので、人間って環境の敵!みたいに思えることだってできる。しかし違う視点、少なくとも私たちからしてみれば、なんてまあ愛情深い生物なんだろう、と常々思う。その愛情の現し方、伝え方が例え間違っていたとしてだ。

というようなことを、この写真を自分でみて、「まるで風景の一部のようやないか、わたし」と思って、風景と言えば絵画、絵画といえば、猫好きの丸メガネのちょび髭がいたなと。レオナルド・フジタだったか。よく猫を描いていると何かで読んだ。そのとき、それにしてもヒトって猫が好きやんね、と思ってから、結果さきのようなことを考えた。

ちなみに、猫はヒトが好きかといえば、それはヒトによる。猫にもよるだろうし。一般性はない。

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