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ポン・プルクワです。

私たちはだいたい午後3時過ぎに、息子の催促鳴きを契機におやつにあずかり、午後5時過ぎに晩御飯をいただく。それからペロペロをすると消化活動に入る。つまり横になる。食後は時の流れがゆるやかになるが、それを追い越すようにして日が沈み、外が暗くなる。夜になると目が冴えたものだったが、ここ数年はそんなこともない。影響とは恐ろしいもので、ヒトと暮らし続けることで生活のリズムが変わったようである。夜になると「さ、映画でも観て寝ようか。明日も朝早いし」と思うようになってしまった。調べると猫は夜行性だという。習慣ってすごいのか、それと「性」なんてだいぶ曖昧なおのなのか、もしくはその両方か。

うちのヒトはだいたい0時前には床につくのだが、私たちはそれよりもはやく午後11時過ぎには本気寝の入口、エベレストで言うところのヒラリーステップあたりのアタックを始める。

夜になるとヒトも少し休み始めるし、来客(しかしレギュラー陣。もと住人のオデコを含む)もあり、ヒトが来るとくねくね(原住人)も休憩に入り、ソファに来て、何かを食べたり、飲んだり、テレビを見たりし始める。映画を観ることも多い。昨晩はヒッチコックの『知りすぎた男』を「美人が出てこない」と文句を言いながら観ていた。私も観たが、私は『見知らぬ乗客』や『裏窓』のほうが好きだ。




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こんな風に夜はおやすみ前の静かで守られた時間のような雰囲気だけれど、きっとそうとも限らないのだろう。深夜に起きる地震や戦争や洪水だってあるはずだ。しかし映画を終われば、間もなくお客は帰り、くねくねは洗面所に行ったりなんだりの小さな儀式を経て、私を抱えてベッドに行って、のび太もびっくりの速さで深い睡眠に入るであろうことを私は予感するのである。そしてだいたいそのとおりになり、ベッドで独りまだ起きているそのあいだに息子が追いかけてベッドにきて、順序乱れながらも三人で眠りにつく。私はまどろみながら、ここではないどこかで、雪崩が起きていることを、雷が樹樹を裂き続けている森を、自分より大きな捕食動物に追われる小さな動物たちの焦りを、ため息をつく人間を想像する。ここではないどこかで起こっているかもしれないことを。

それでも寝返り一つ打つと私ももう大陸棚を駆け下りるかのような眠りに落ちていく。息子が寝言のようなため息を一つつく。それを合図に夢を見始める。




でもたまにくねくねのおならなで夜明け前に目が覚める。こともある。

[ 2012.08.31 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]