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あつがなついぜ。
というかあつい。
なぜ今更こうも、なついあついてくだを撒いて芽吹いたものを収穫してまた撒いているのかと、このポン・プルクワが申し上げているのかというと、皆々様が「あつい!」と撒いたいたころ、うちは窓も開けずに白箱から涼しい風がずっと吹いていたのに、ここ最近になって白箱から風があんまり吹かなく、窓を開けはなして済ませようとするシステムに変わったためである。だから今更あつい。

あついかな ゆかもひかげも あついかな 

歌を詠んでも詠まなくともあつい。私の起源はエジプトの方らしいので、遺伝子的には耐えうるはずである。♪ちゃらへっちゃら、のはずです。でも、暑いわよ。ほんともう。意味なんかないのだろうけれど、人にならって怖い話でも読んで、思い込み納涼をしてみようかと思ったものの、うちのなかに怖い話の本がない。『オスマン帝国』という本をもうやけっぱちで読もうかなーと思ったら、『ミレニアム2』あるやん! ずっとなかったのに!あるやん! と喜び勇んで読み始めたが、やっぱり、あつい。読む気がしない。こういうときに使うのは知識。ものの真理を広く深く良く知り、知りえた情報を必要に応じてすぐに取り出す力。

あついときには怪談話。これは不可。

あついときには心頭滅却。火ですら涼しいと言う。

これか。心と頭を滅ぼしてなくす? この却はなんだろう。とりあえず、まるっと調べてみた。心頭滅却を。

戦国時代の臨済宗の僧、快川紹喜が、織田信長に攻められて、火をかけられたときに発した偈(げ)だという。その心は、というか意味は、無念無想の境地に至れば、火もまた涼しくなるとのこと。つまり、心頭滅却とは無念無想。なるほど、私のこの知識欲、素敵。そうして快川紹喜さんは、事なきを得たのか? 否! 死んじゃった! 「兵火の中に没した」ってあるよ! 駄目じゃん! 死んじゃ駄目じゃん! 心頭滅却、却下!


あーもうヤダ。何も考えたくない。考えないでみようか。息子もそんな様子である。





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お! 何も考えないとなんだか涼しいというかあつくない。これいいかも。でも心配。これが無念無想だとすれば、快川紹喜のように逝ってしまうやもしれない。ああ、でもいいかも。何も考えないの楽。今日はこれで乗り切る。





あつい。



[ 2012.09.12 | 猫日記 | コメント: 1 | PageTop↑ ]