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人間の目を通して見る猫というのは興味深いものがある。ポーの黒猫などとても分かりやすい。こんなことを言うのも昨晩ヒッチコックの『成金泥棒』を観たからだ。観たといっても私たちの集中力というのは日食くらいわずかの間しかもたないので、言ってもところどころ観たという按配であるが、ところどころ観てもつなげるとだいたいどんな映画かわかった気になれるものである。そして昨日のこの映画はのっけから、またときおりも、黒猫が泥棒のメタファーとして登場する。メタファーの遣い方がこれで良いのか一抹の不安はあるがそのまま話を進める。




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猫というのはしなやかでいて、あやしく、それがゆえに魅力的な生き物だと思われているように思う。そして実際にそのとおりだと猫としても思う。猫と人間は種が違うので気まぐれに同居したり共存しているとおもわれることもあるかもしれないが、そんなことはなく、人がいるから、そうあれる生き方、生き延び方をしているところは大きい。猫の進化について調べたことはないが、生きてきてそう思うのだ。夏目漱石の頃の猫は、もう鼠を捕るなら飯でもやるかという扱いであったが、最近ではずいぶんと地位が向上した様子で、死んだら墓まで作ってくれることもあるらしい。べつに死んだ後のことはどうでもよいのだが、墓を作るくらいなら、もっと缶詰やレトロトを存命中に供して欲しいと思うけれど。

私たちはヒトから食べ物や住む所などを提供してもらっているが、私たちもいろいろと何かを提供しているのであろう。それはテグジュペリのいうところの「大切なものは目に見えない」という範囲のものなのだろう。見えないものをあげて、見えるものをもらうというのは下手をすると詐欺のように思われるかもしれないから、ひとつ加えておくが、私たちだって、見えないものを随分ともらっている。

共存というのもはいいものだ。深海魚でなくてよかった。深海魚だっていろいろと楽しく生きているかもしれないけれど。


[ 2012.09.19 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]