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ポン・プルクワだす。

木村拓哉ってやっぱりなんだかんだいって凄いなって録画したプライスレスを見て思った次の瞬間にyoutubeで人生幸朗・生恵幸子の漫談みて、歌についてまた別の視点でいろいろと考えていってみようかと思っていたらお腹がすきそうになったものの、おやつの時間までまがありすぎるので、寝て起きたところです。にゃおす。



写真は引っ越すまえの、まえのうちにはあった猫タワーのベランダで寝る息子である。私たちが高いところを好むのは警戒心からだと物の本で読んだことがあるし、言われてみればそうかもなーって思わないこともないが、この場所は私にはちょっとしんどすぎて年に2度ほどしか登らない場所だったが、息子はよくここに登っていた。彼のほうが臆病だし、機敏だしで、理にも合にもかなった習慣なのだろうが、登ってしまえばもう安心と気を抜くとところが爪が甘い。しかし惜しいなーということをどうして爪が甘いというのだろうか。爪違いか? 甘い違いか? 
ウィキペディアで調べればすぐにわかりそうだが、あれあんですって、ほんまでっかTVでみたんだけど、すぐにウィキペディアで調べるようになるとバカになるんですって。少しは自分で考えたらよろし、いうことだそうだ。

確かに。

いやいや、そのまえに。息子である。爪の甘辛具合よりまず息子の油断加減について言を及ぼしたい。遠目にみるから、いうてもなんだかキム兄みたいな顔してーと思う程度であるが、近くでよく見ると。





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こうである。これは酷い。ノックアウトされた曙のていである。私もできることなら、こんな息子の側によれるならば、「誰だ? 誰にやられたんだちくしょう!」等の小芝居をして間抜け顔を笑いへと昇華して事なきを得たがったが、場所はベランダ。ちょととしんどいし、めんどいし、この写真は私が撮ったわけではないので、この瞬間をしらないから、祭りだ。それもあとの方の。兎に角、高いところに上がったからといって油断してはいけないという話しだ。まあ油断したところで、ヨネスケが突然やってくるわけでもなし、したきゃしてもいいかもしれない。



あとなんだっけ? 爪か。爪は甘くないが、甘いならどうなるのか? いうことから考えればよろしいかしらね。私たちは甘いモノを好まないがヒトは好きなようすである。爪が甘いと舐めたりしゃぶったりすることであろう。ヒトならば。爪をしゃぶるヒト、といって思い当たるのは赤子である。赤子は爪をよく加えている。つまり、爪が甘いということは、まだまだ子どもや!いう話しであろう。しっくりときた。正解であろう。ファイナルアンサーだ。

こうしてまた私は少しずつ退化することなく頭が良くなっていくのだろうか。結果ニャーベル賞を受賞されたらどうしようか? 「今の気持ちをだれに伝えたいですか?」「そうですね、ずっと応援してくれた、お母さんに。って、お母さんがどこのだれかもうわからへん。正直な話し。なので息子に伝えたいです。こんな顔してねてますけど」



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サーモンたべたい。

[ 2012.11.09 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]