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るーちん
2012.11.15
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息子の写真である。
わたしはポン・プルクワ。猫であり、母であり、猫である。

今やこのように日当たりが貴重なものになってきたが、それはそれでこの時間はここで寝る、というような習慣ができて良いと思っている。秩序ができあがっていくようで悪くないと思っている。朝目が覚める。くねくねを起こす。朝ごはんが出る。ときどき息子が吐く。それを私が食べる。お腹いっぱいになる。そのあたりでくねくねがコーヒーをいれる。コーヒーの匂いが気になんねん!と文句をいう。「どうしたのかな? ポンちゃん」と話しかけられる。「どうしたもこうしたもないわ!」と言い返す。が理解されず。コーヒーがいれおわる。そのあたりで、ベッドの端っこに日だまりができ始めるので、そこで寝る。これが私の午前中のルーチンである。雨の日はホカペの上で日だまりを待たずに眠る。



そんな決まりきった毎日が退屈かと問われれば、否ノーナインと答えるであろう、退屈ではない。日だまりができるころあたりからドアの向こうで鳥が騒ぎ始めるのだが、その有り様が日によって少し違ってくる。うわさ話をしているような賑やかさであるが、そのうわさ話の種類が日によって異なるように聞こえて面白い。それにときどき放送のようなものが遠くから聞こえてくる。「しゃりょーてんけんをためうんこおをみらおしています。もうすわけございません」というかんじのことを言っている。声はしっかりしているから普通の人だと思うが、なんだろうと興味がすこしそそられる。またうちのなかがくねくねだけのときもあれば、くねくねだけじゃないときもあるし、そもそも朝ごはんまえまで誰もいないということもある。だれもいないと空気の流れが静かである。そしてまるで遠くに流されたかのような気分になる。そんなきぶんでいるときにくねくねの足音が聞こえるとまるで迎えにきてくれたような気持ちになる。

が、空腹感のほうが我先にと前面にでてきてしまうから、やつがドアを開けた瞬間、「おまえどこほっつきあるいてんねん! もう背中とお腹がくっつくどころやないで、くっついたのち、通り越して、背中がお腹の前にでてきて、よこからみたらシャネルのマークみたいになってんねん、きぶんは! はよだしや! めし! こっちや! こっちの皿やで! カバンを下ろす暇でご飯だしや! もー!しゃー!」という風に怒ってしまう。

しかたがない。

[ 2012.11.15 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]