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ヒトの親子はずっと関係が保たれているようで、他の個体との関係で成り立つ社会とはなるほどヒトの世の基本的なこーぞーなんだなーと思う。ネコは?といえば、例えば私にはもう母ネコの記憶などほぼない。父ネコにいたってはあったこともないかもしれない。親子の関係を損なってはならないものとしてヒトは扱っている様子だけれど、私たちは母と子たちの関係があるだけで、それも彼らが立派になるまでのことである。親子ではなく、母子の関係で、おとなになったらはいさようなら、に近い関係になると思うから、他のネコとの関係が生きていくうえにで重要だとはぜんぜん思っているわけではない。本能的には。



でも、私たちは囚われの身で、ヒトのうちにヒトと一緒にずっと生きてきて、そのお陰かどうだか息子ともヒトともずっと仲良しである。だいたいいつも息子とくっついて寝るし、ヒトともくっついて眠る。寂しい時は鳴けば、ほいほいとヒトはやってきて、撫でたり、一緒に横になってくれたりする。まさに関係することで成り立つ世界のなかにいる。寝ている時にふと気づくとたまに息子のお腹をくいくいと押しているときがある。なんだか子猫になった気分でいたみたいなのである。

わたしはネコだけれど、誰かとつながりながら生きていくということは、あやうくも満ち足りる一瞬があるから、好むところである。私は本能とどんどん離れて生きているきがしているが、本能のままに生きても、いろいろ誰かとつながって生きているのだろうか。

とりあえず息子とずっと一緒にいられているのは、ちょっと嬉しい。あったかいから。



[ 2013.01.30 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]