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猫である。

音楽というものにそれほど興味はないが、先日、音楽についてちょっとした発見があった。

うちはひねもす何かしらの音楽がかかっていることが多い。ミッシェル・ガン・エレファントからダフト・パンク、ジャック・ジョンソンからプリンス(元だろうが元じゃなかろうが)まで、節操無くいろいろとかかる。その大抵が五月蝿い。ヒトとは鼓動の速さが違うからか、そんなにしっくり来ないことが多い。でもピアノだけのクラシカルやジャズは少し楽に聞ける。無音が一番いいんだけれど、ピアノだとまあ許せる、そんな妥協感は否めないが、イライラしたりはしないことが多い。

誰のどんな曲だかわからないが、(クラシカルになるとタイトルが何を言いたいのかわからなくなる。ハとか二とか234とか)あるピアノだけのクラシカルが部屋でかかっているときに、かすかにだけれどヒトの「悲しい」という感情を理解できたように感じた。曲調はむしろ軽く明るく伸びやかなものだったのだけれど、隙間? 音と音の間? に「ああ、この作者は今悲しいことを考えているのか」と思う瞬間があった。それは一瞬で、気のせいみたいなもので、いないはずの誰かの気配のように、確かめようのないものだった。けれども、わたしは理屈ではなく、直感で自分ではない誰か(それもヒト)の感情を理解できたように感じた。

一緒に住んでいるくねくねは一人でいても感情表現が多弁で、小学生でも怒っているか楽しんでいるのか全員正解できるほど分かりやすい。彼をみていれば、人間の感情を全部観察できるほどである。

でも、音楽を通して、知らないヒトの感情を、それも言葉もそれっぽさ全開でもない、隙間から垣間見て、理解したのは初めてだった。

音楽もときどき面白い。こういう発見は楽しい。発見が楽しいから少し表にもでてみたい。

しかし、話はそれるが、くねくねのエアギターは面白いから誰かに見せたい。だいぶいきっている。ひとりでいてもあんなに楽しそうにできるんだから、エアって便利ね。


[ 2013.04.12 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]