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ちゃむちゃむ。
猫のポン・プルクワである。

どうだろう、きょうの『あまちゃん』。ビフォーアフターなオープニング。すごく面白いが、やりすぎだって怒られないかしら。面白いけど。

さてさて、息子が帰ってきたが、どうにもこうにも落ち着かない。なーんか違う匂いがする。しばらく威嚇してしまった。悪いんだけど。死んだと思ってたら帰ってきた帰還兵の兄が豹変していて怖い、そんな映画があったと思う。そんな感じ? しばらく近づけないでいたが、するとくねくねはすごく息子に優しくする。息子もしょんぼりしているから、ずいぶんと甘えている。ちっ。甘えるが、おしっこは相変わらずベッドにする。一気に年をとってっしまっての失禁か。どれだけかわいそうなか。あんまりしょぼくれているから、威嚇するのはやめてやった。そしたら少しずつ近づいてくる。ハワイが日本に近づくくらいゆっくりと。そして今日とうとうくっついてきた。生き別れての再会か? というぎこちない親子になってしまったが、まあいい。そんなに困ることでもない。

息子が帰ってきて一番の変化は、息子が毎日ベッドにおしっこするおかげ(?)でマットレスが立て掛けられてるようになり、私たちは毎日その上に登れるようになったことだ。ご存知だろうか? 知る由もなかろうが、私も息子もマットレスのふちに登るのが大好き。変化の乏しい毎日に彩りが添えられた。そんなこんななので、警戒していた息子をそろそ舐めてやることにした。にもかかわらずである。顔を舐めてやっていたら、怒られた。痛いところでもあるのか? 心外である。辛亥革命だ。天安門だ。いや辛亥革命のことはよく知らないし、天安門も昨日テレビのニュースで耳にしただけの言葉でその意味をしらない。しかし天安門と書くと中国からこのブログが見られなくなるらしい。確かめる術はないが、なんだか書いてみたくなった。不謹慎だったらあやまる。もう先に謝っておこう。ごめんにゃん。

外に住む猫の寿命は4年だとか6年だとか聞く。それにくらべてわたしたちはもう倍ほど生きた。どっちが基準ということもなかろうが、長く生きたのだろうという気だけはする。ながく生きれば、お腹を切って石を出したり、ベッドにおしっこをしたりなんてことも、それ以上のことも、それ以外のこともどんどんあるんだろう。少し前まで、「生きていると」なんて考えたこともなかった。息子が匂いを変えて帰ってくることもなかなかびっくりな経験だった。そうか、ヒトには少しわかりにくいかもしれないが、人は目で見る夢をみるそうだが、犬は匂いの夢をみるそうだ。日頃一番使うものを使って夢を見るらしい。わたしたちの夢はどんなものかというか夢うつつなことが多いからうまいこと言えないが、ひとのそれよりはおそらく匂いと音の役割のほうが大きいのではないだろうか。

だから匂いが変わって帰ってくるということは、ヒトで言えば顔が変わって帰ってくるということに近い。カフカみたいな感じか。あんな気持ち悪っ!ってほどでもないが、馴染まない。

でもだんだん慣れる。ハワイみたいに慣れる。ハワイは知らないので、メタファーである。メタファーか。 アレゴリーか。どっちもよくわからない。ヒトは言葉が多すぎる。



[ 2013.06.05 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]