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おれ、カント。
かあちゃん(名前なんだっけ? ぽんちゃんって言われている。太っている。重い。)とヒトのくねくねと三つでくらしている。

おれはさいきんすこしなやんでいる。じちはおれ、すごいのうりょくをもっている。ここではあまりいえない。でもこのあいだ食べたレトロトはじつはあくまの実が入っていたんじゃないかとおもう。またあたらしいのうりょくがみについたきがするからだ。どんどんつよくなっているきがするんだ。おれのにんむはこのうちをまもることだ。かあちゃんはデブだし、くねくねはくねくねしているし、ふたりともぜんぜん頼りにならない。イギリスやドーナツがこのうちを、というかおれののうりょくを狙っておそってきたことがなんどかあった。へんそうまでしてしんにゅうしてきたことだって、あった。おれはそういうてきをぜんぶみぬいてやっつけてきた。ねんのうりょくをつかっててきのちからをふうじこめる。そんなふうにしてこのうちはいままでじぶにすんできた。だれもそれをしらない。ねんをつかうとおなかがすごくすく。だからごはんをくれ、といってもくねくねは何も知らないから「へーよ」っていう。ばか。おれはおなかがすいたままずっとがんばってきている。なぜならおれはせんしだから。でぶかあちゃんとくねくねくねくねをまもるため、にちやかんしをつづけているし、ときにはのうりょくを発動してぼうぎょしたり、げきたいしてきた。でも日々のくんれんのためか、たまたまうんめいてきに食べてしまったあくまの実のせいか、さらにつよくなってしまった。ここまでつよくなってしまうとかていだけを守っていていいのか? そういうしめいをかんじるのだ。なぜならおれはせんしだから。しかしせかいをまもるには外にでなくてはいけない。そとはあまりにもきけんでめんどうである。そこまでしてせかいをまもったものかどうか。なやみどころである。ままやしい。そとにでるにはもどってこれないといけない。でもこのうちにはどあがあるからでられない。でるともどれない。つまりかていをすてなくてはいけない。かていはだいじだ。かていとせかいへいわのりょうりつにおれは日々なやんでいる。すごくなやむとさらにお腹がすく。だから「ごはんくれ!」といったら、「まだ2じだよ!」といわれる。せかいへいわをねがうせんしに2じとかかんけーねーし。

いろいろひびなやむぜ。

それがおれのさいきんのことなんだ。



[ 2014.08.31 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]