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母猫のポン・プルクワです。
くねくねとちょろと丁稚のわんこ2つと暮らしています。

 あたしの本が今日届いた。冒頭で「息子カントに捧ぐ」と書いていたのだが、本当にそうなった。写真にある花は、息子に送られてきた花の一つである。猫は花に興味はない。が、想う気持ちを形にしていただくと、息子が他のヒトたちにも愛されていたのだなと認識できる。

 本には元気なころの息子の写真がいっぱいである。消え行く記憶をに抗うようにして記録は残る。息子の匂いや重さなど、いろいろと思い出す。寂しいものである。寂しいと思うのは、あたしがヒトのように暇なのである。ヒトはものすごく暇な生き物である。他人のことを考え、まだ来ぬ未来を憂い、過ぎ去った過去を悩む。意味がないことにいっぱい時間を遣う生き物である。あたしもヒトに似たのか、影響を受けたのか、今は亡き息子を思い出しては、寂しく思って、無駄な時間を過ごしている。

 今日はよく晴れた日で外からの風が心地よい。うちのなかはむせそうなほどに花の香りに満ち満ちている。居間にも、くねくねの部屋にも廊下にも。花がいっぱいある。あたしと息子が直接関わるヒトの数はそう多くはない。それに同居していたヒトの多くには二度と会うことはない。それはくねくねの不徳の致すところであろう。彼が人望の厚いヒトであるなら、もう少し関わったヒトたちから好かれているはずである。飼い主を選び難いことは、こういう憂き目となる。

 それにも拘わらず、息子のためにいろんなヒトたちが花を送ってきてくれた。それに本も世に出る。あたしのにゃん生というものが形になって嬉しい。さてこれを機に、今までは子を産めなくなった代償として、あたしは文字を綴ってきたのだけれど、これからはもう少し気楽に文字を連ねてみようかと思う。

 消えてゆくであろう息子の記憶。日々のほんとうに他愛のないこと。ヒトも猫も息子も生きてもいつか死ぬ。仏教じゃないが、そういう有限性を念頭において殊勝に振る舞う気はないが、なんというかもう少し肩のちからを抜いてみようかと思う。

 しかし今までもそれほど肩に力は入っていなかったので、もしかしたら変わらないかもしれない。でも愛についても、有限性についても、もう十分書いた気がする。しかしあたしが死んでもくねくねやちょろや周りのヒトたちがあまり悲しくならないで済むように、あたしの気持ちを残していきたい。

  息子の不在はまだあたしの中では大きい。いろいろな感情の落ち着く先も定まらないままである。

それでも今日はいい天気だ。少しただただまどろんでみたい。これを書いたら少し休む。


ポンプルクワ





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母猫のポン・プルクワです。
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[ 2015.04.29 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]