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母猫のポン・プルクワです。
息子のカントとヒトの「くねくね」と「ちょろ」、それからわんこ2つと暮らしています。


そんなこんなでようやくあたしの書いた本が世に出ることになった。


出版社とのやりとりや細かいことはもちろん猫の手(前脚)に負えるものではなく、くねくねが奮闘してくれたのだけれど、このブロゴを読んでくださっている方々の感想を企画に載せて提出したとのことなので、文字通りみなさんのお陰である。
本当ありがとうございます。

また、あたしの本に推薦文を書いてくださった、猫吸いで有名な坂本美雨さんもありがとうございます。

本にブロゴ本とは書かれていないのは、この本、エッセイ集は、ぜんぶ書き下ろしだからである。ブロゴをまとめたものと書いたけれど、だいたい全部を新しく書いた。あたしがポン・プルクワになったことから、わんこ二頭を丁稚として迎えるに至った今日までのことを書き記した。息子の具合の悪くなっていくさまも書いたものの、出来あがったものを読んでいたちょろは笑っていたので、そんなに悲しい話でもないようである。そもそもあたしは悲しいということを良く知らないのだけれど。


すでに感謝の意は表したものの、ブロゴ読者やフェイシャルブックでのコメントで、「本当に本になればいいのに」「書籍化楽しみです」という言葉をいただき、それを大いなる糧にして、出版に至っているので、本当にみなさんのお陰である。それに身内ながらも、写真にデザインにと奔走してくれた、くねくねに感謝せねばなるまい。ありがとう。


 くねくねに呆れてか、うちから出て行ったおでこも、イラストを描いてくれている。こころの広い方である。ありがとう。

 現同居ヒトのちょろは、忙しぶっているくねくねに代わって、あたしと息子にごはんをくれている。ありがたい。

 息子はとうとう食欲がなくなってしまった。本のなかではまだ元気だったのが、なんというか、猫らしくない行為だが、在りし日を思うと、元気だったら良いのにという思いが胸中に湧く。これが、悲しいという気持ちに近いのかもしれない。


 もともとは子供を産めなくなったことから、はじめた手記である。産めよ、育てよ、という本能の指示に、文字を遣って応えようと試みたのだった。長年の時を経て、こうして無事、出産できたことを嬉しく思う。あたしのニャン生に形のようなもの与えることができた。

 これは果たして、猫の気持ちを明文化したものと言えるのか、という意味では自信が持てない。それでも、床下から20センチ弱の目線で見た、あたしの世界の見え方である。耳と鼻で、部屋のなかで感じる日々の事々。桜の季節と聞くが、あたしは桜をちゃんとみたことなどない。夜空の星も、砂浜も海も川もみたことがない。それでも世界はとても輝いている。温もりと愛を毎日感じながら、見たことのない幸福というものを少しずつ理解していくことができた。

 今、毎日少しずつ弱っていく息子の姿をみて、死と生命の有限性を手に取るように感じている。そうして思うのだけれど、何にも起きない毎日の積み重ねが生命なのである。死は気まぐれに、そこに終止符を打つ。であれば、昼寝を、散歩を、ご飯を、甘えをすることがニャン生そのものと言える。あたしのニャン生は、くねくねと息子のお陰で、他者の温もりを感じること無く終える一日のないものであり続けいた。それはとても嬉しい。


 この本を通して、あたしは、みなさんに手のひらから発するもの、くっついて眠ること、声に応えること、そんなことのなかにこの上ない幸福があることを伝えたく思う。必死に生きるということは、身の回りにあるキラキラしたものをちゃんと慈しむことである、とあたしは考えている。

 生きていられて、生きてきて、あたしはとても嬉しい。




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母猫のポン・プルクワです。
あたしのツイッター: @ponyan01
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あたしと息子のグッズを販売しています。
Ponne et Kant Pourquoi
http://ponnestore.com/
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[ 2015.04.14 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]