へんか
2014.05.16
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猫です。

昔の写真を目にして思ったのだが(まずは、ここどこだ? であるが、頑張って思い出した)、昔の家はずいぶんと賑やかだったなということである。当時は、くねくね(ヒト)の他にもう一人いて、彼女の持ち物が多かったのだろうか。見比べてみると今のうちはすっからかんである。猫としては、賑やかかどうかということに関しては、どちらが良いということはない。しいていえば、箱が多いと高まるのと、日当たりが良いほうが断然良いというくらいだ。箱はときどき出現するのだが、すぐに取り壊されてしまう。飛び込んでみると息子がいて踏んづけてしまった、なんてことも楽しいサプライズだったりするから、(ぐぇ、っと息子は言った)、箱は常にあってほしいところなのだが、なにせすぐ片付けられてしまう。ヒトはやはりせっかちである。

さて、そんなわけでこんなふうに猫にとって賑やかさはそれほど関心の向くことではない。しかし、ヒトの内情を表すものとしては興味深く思っている。たしかにこの写真のころは、ヒトもヒトとヒトの関係も賑やかなものだった。よく笑い、よく言い争いをしていたし、頻繁に来客(ヒトの)があった。うるさくて敵わない夜も何度もあったが、ものがすっかり無くなった今、何人ものヒトがきて、どんどんちゃんちゃん騒ぐことがまったくない。来てもいつも一人ずつである。

それが何を意味するのかまではあたしの小さな(謙遜)脳では、計り知れない。ただくねくねの中で何かが少しずつ変わっているのだろうということだけを知る。もちろんあたしの中でもいろいろと変わっていく。その一つには老いである。老いていくにつれ、寂しく思うことが多くなり、息子やくねくねと触れ合っている時の喜びも増した。これもまたそれがどういう経緯でそうなるのかまでは、あたしには良くわからない。

窓からそとをみていると、ときどき変な動きをしながら落ちていく木の葉がある。あっちへ行ったりこっちへ行ったりして落ちていく、かとおもいきや一瞬だけ舞い上がったりする。どうしてそんな動きをするのかは分からないが、あたしは部屋やヒトや自分のゆるやかなる変化を見て、その木の葉を思い出した。多くのものは、そのようにして変化していくものなのだろう。

ところで、にゃくしー(猫のソーシャルネットワークシステム)で、見知ったことがあったのだが、床も見えないほどのちらかったうちがあるという。それはさすがに嫌だよね、猫でも。


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