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今日は雨である。

そして少しさもい。

先日、ヒトのベッドのところにある窓に肉が吊るされていた。あれはなんだったのかよくわからないが、それを見ながら、狩猟というものをあたしはしたことがあっただろうか、とちょっと考えてみた。たぶんない。あっても思い出せない。今一度断っておきたいが、あたしたち猫はそんなに昔を思い出せない。あたしはこうやって文章にして毎日を書いているから、昔書いたものを読めば思い出せるかもしれないが、基本的にそれほど記憶を探って思索することはそんなにない。そんなわけで、貧弱な記憶のなかを軽く(うんこに砂をかける程度に)まさぐってみたが、狩猟ということをしたことがないはずです。

ごはんはいただくもの、またはテーブルやキッチンにあるものをとって得るものと考えている。しかしこのテーブルやキッチンにあるものをとるという行為はある意味、狩猟にあたるではないだろうか。生きるために自らが動き食料を得る。やはり狩猟にあたるだろう。であれば、先日あたしは立派に狩猟をした。テーブルの上にあった魚を捕った。二噛みくらいでくねくねに奪われてしまったが。猫の本来の姿を刹那ながらに取り戻したように思う。

テーブルやキッチンにあるものを捕る怒られるが、そのときヒトは教育をしているつもりでいるが、こちらからしてみれば、食べ物を得るための闘争である。やつが食べるか、あたしが食べるか。いけないことなどとは露とも考えない。戦いだもの。

食うか食われるか、とまではいかない。食われはしない。いや、この「食われる」はあたしが食われるという意味ではなく、他のやつに食べ物を「食われる」の意味であるなら、まさに「食うか食われるか」の闘争である。こう考えてみると俄然、この闘争に対しての意欲が湧く。

これからはもっと進んで、せっきょく的に、食べ物を獲得するために行動していこう。

これはわが闘争である。




[ 2014.05.21 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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