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「カエルの子はカエル」って、当たり前じゃーん!

と思う猫の子を持つ母猫の手記。

カエルの子がヤモリだったら、どうなるんだろう。そしてヤモリの子がカワウソ。カワウソの子はぬか漬け。ぬか漬けの子は竹城あき。竹城あきの子はデロンギ。デロンギの子は原子。原子の子はチョロQ。チョロQの子がカエルの友だちらしくって、なんだなんだ、結局みんなつながってるじゃないかーって言って笑って乾杯。そんな世界だったら面白いかも、はたまた意外に面白くないかもって思うも、カエルの子はカエルじゃーんという振り出しに戻る。

それで良いだろう。もしもあたしの子がジョージ・クルーニーだったら、大変である。ヒトとしてチャーミングでもてもてな俳優を息子にもってしまっては、大変な毎日であろう。ジョージ(息子)に浮名を流しでもすると各国のメディアがあたしのうちに来て「お母さんの心境をお聞かせください!」と剣山みたいにマイクを無数に突出されることだろう。あなおそろしや。ぼっけぇきょうてい。でも、あたしが話せる言葉、否、言葉ではなく発することができる音としては「にゃー」くらいである。「ミスター、クルーニーさん、お母さんがあなたの新たなる恋愛について『にゃー』とコメントされていました!お気持ちは!?」

GC「あー、やっぱ猫なんだったって実感しました(優しい笑顔)」

ええやん? GCが息子でもええやん? おもろいやん?  

しかし別に息子でなくても良い。同居して世話をしてくれれば良いのか。しかしそうなると「ジョージ・クルーニーの飼い猫」ということでメディアもファンも歯牙にもかけてこないだろう。母としての猫のほうが偉大で、話題にものぼりそうである。

んが、

ご存知だろうか。あたしらはたまたま一緒に暮らすことになっているから仲良くしているが、親と子の関係は、子がある程度成長した時点でだいぶ他猫にちかいほど程遠くなる。息子は息子の人生を、あたしはあたしで新しい子を産もうぞ、てなにゃん生を本来歩み続けていくものである。ずっと親子の関係が続くのって、どうもヒト特有の(猿とか他の動物にもあるのだろうけれど)ことのように思う。

ヒトは無闇矢鱈に多くの他者と関係を持つ生き物だから、母や父なんてものはまっさきにとっておく関係なのだろうか。犯罪を犯した息子の父母がテレビで謝罪するのを観たことがあるが、あれもずいぶんと不思議な光景に思う。あたしは息子がその辺でシットをドロップして怒られていてもぜんぜん関係ない光景として眺めている。またあるいは、あたしが食べた魚の残骸まで息子がやったものとして怒られているのを見ても、あたしにはまったく関係なのないことの態度で、なんならあくびでもしながら眺めることだろう。

怒られるのって、嫌だから。


それにしてもジョージ・クルーニーが息子って悪くない気がする。




[ 2014.06.05 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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