かたわら
2014.07.02
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猫である。

猫あるまじき発言であるが、最近具合があまり良くない。それをくねくねに訴えても寂しがっていると思われてしまっている。そんなわけでここでこうして間接的に伝えることにした。猫あるまじき、と断ったのは、ヒトは具合が悪いことを何も危惧せず発言するが、あたしたち猫は本能的には具合の悪さは隠すのである。病院があるのはヒトの世界だけである。あたしたち動物は、弱るイコール殺られる、という意識が根強くある。だから具合が悪くなると身を隠す。または具合が悪いことを悟られまいとする。この点がヒトと大いに異なるのだ。そういう意味ではヒトは助けあって生きてきて歴史を層厚く持っているのだろう。あたしたち猫は助けあうと言っても毛づくろいしてあげることくらいしかできない。食事は子どもには与えるが、仲間というものを基本持たないので、その他の猫に分け与えるということもあまり意識に上らない。そもそもその他の猫をリアルには知らないのだけれど。

以上が猫としての具合の悪い時に根本的な意識である。「ちょっと具合が悪いからお医者さんにみてもらおうかな」なんて思わない。そもそも医者自体が恐怖である。自ら進んでいきたい思いは、行けば良くなるかもしれないことを理解してても、湧かない。それでもである。それでも、あたしはくねくねくらいは信じて訴えるわけである。「ねえ、ちょっと具合が悪いの? 怖いよ」と。それでも、くねくねは「もう、困ったこなんだから」と言って、遊んだり、撫でたり、毛を梳いてくれたりするのである。愛は感じるが、理解がない。そりゃそうか。言葉の通じるもの同士ではないし、そもそもあたしたちは基本ことばを持たないもの。

でもこれを読んで知ってくれるといいなぁ。そしてそんなあたしがくねくねに求めるのは、病院に連れいていってではなく、「そばにいて」ということなのだ。守ってくれる存在がそばにいるだけで具合が良くなっていくかもしれないと思えるのだ。


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