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猫である。

この間珍しくささみを食べたが、基本的にかりかりだけか、かりかりのレトロト添えばかりである。食事の話だけれど。比べてヒトはどうだろう。みているとバラエティに富む食事を取っている。和食、中華、フレンチ、イタリアン、アメリカン、カナディアン、ドイツニアン。いろんな種類の料理。選んで食べられる。

ずるい。

あたしもいろいろ食べてみたい。中華は辛そうだからいらないけど、鳩も食べてみたいし、カエルもちょっと気になる。しかし牛や豚、ましてはくじらって、大きすぎて、食べられる気がしない。あんなに大きなものをヒトはどうやって捕食できるんだろう。やっぱり罠かなぁ。詐欺とか。ヒトはずるいからなぁ、いろいろおもいつくのだろう。

あたしは、ヒトが置きっぱなしにしていた牛の肉をクリスマスに食べたことがあった。まだ当時は歯も丈夫だったので、生肉も楽しく食せたのだが、食べながら、牛のままだと無理だよなぁと思ったものだった。そう考えるとヒトってすごいなぁと思う。あたしが11頭いても牛は倒せないものなぁ。そもそも倒そうという気も湧かないだろう。牛が目の前にいても、「大きねぇ」と思うだけで、「殺して食べよう」なんて思いつかない。そこにじゃがいもやら草やらを添えて食べようなんて思いつかない。ババミリコソースがなんだか知らないが、ババミリコソース添にして巨大な牛を食べようなんて思わない。ヒトはすごいと思う。舌を食べたり、尻尾をスープにしたり、工夫がすごい。

それにしてもテールスープという言葉を耳にすると正直ひやっとする。ヒトは猫を食べないみたいなのでほっとする。中国では犬を食べる地域があるそうで、そんな地域で生活している犬たちを気の毒に思う。たとえば、あたしが猫を食す地域に生きていたら、一緒に暮らしているくねくねだって、「あーポンちゃん食べたいなー」と時々思うかもしれない。うちにいながらにして生命のききを感じかねないわけである。心が休まる暇がなさそうである。よしんば、くねくねは大丈夫だとして、くねくねの仲良しのヒトたちが、あたしを食べ物としてみるかもしれない。今では、みな「かわいーーー! 触っていい?」なんて言って嬌声をあげ、笑顔であたしに近づこうとするが、猫食圏では、「美味しいそーーー! 食べていい?」と言われかねないわけである。ぼっけぇきょうてい極まれりである。

そう考えると、あれ食べたい、これ食べたいってのも無闇矢鱈はいけないな、と思えてくる。

しかしやっぱりいろいろ食べたい。



[ 2014.07.18 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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