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母猫のポン・プルクワです。
息子のカントとヒトの「くねくね」と三にんで暮らしています。

「猫というものは……」ということを語ろうとするとき、前提としてヒトを知らねばならない。ヒトと猫の違いを知らずして、猫を語ること能わずである。例えば、猫は食後に排便したくなる、と書いたところでヒトもそういうことがあるなら、語るに値しないわけである。そんなわけであたしはここで「猫とは」「ヒトとは」を語るべく、日々ヒトを観察している。気が向いたらの話ではあるが。

窓の外を歩くヒトビトだったり、くねくねだったり、くねくねを訪ねてくる客人だったり。彼らを日々なんとなく見ている。

ヒトはあたしたちを他者の目としてはカウントしていない様子で、ずいぶんと赤裸々な姿をさらけ出している。この場合ヒトといっても、くねくねであり、他所のヒトの赤裸々な姿を見る機会はない。ときどき、ニャクシーの「ヒトよ、どしてそうなるの?」スレで、ずいぶんとおもしろい行動の報告を目にすることはあるが、あたしが直接見たものではないので、ほぼほぼフィクションとして読んでいる。が、スレで読む他のヒトのおもしろアクションとくねくねの行動を比較するのは楽しい。

最近読んだおもしろ行動は、四角い石をテーブルの上で転がすて片付けてまた散らかす、という遊びを複数のヒトたちがやっているというものだった。なにがおもしろいのかまったく理解できない。それなのに存外、すごく喜んだり悔しがったりするのだそうだ。石を散らかして片付けて並べて散らかす、どんなゲームなのだろう?ちょっときになったのトイレの砂をつかって息子とちょっとやってみた。散らかす、ちょいちょいする、また散らかす。

ぜんぜんおもしろくない。

くねくねももちろん石の散らかしゲームはやっていないので、本当の話かわからないが、興味深い不可解な行動である。そういえば、くねくねってゲームをしない。きっと一緒に遊ぶ友だちがいないのだろう。

しょうがないから、遊んでやろうっと。




[ 2014.09.04 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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