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母猫のポン・プルクワです。
息子のカントとヒトの「くねくね」と三にんで暮らしています。

あたしのことを続いて書く。この話はいちおう明日で終わる。おまけにもうひとつ書くかもしれないけれど。

千葉の新浦安駅に捨てられたあたしは、しばらくしてからくねくねにひらわれた。「捨てるヒトあれば、ひらうヒトあり」とはよく言ったものである。そのとおりとなった。あたしは、くねくねと女のヒトの二人に車で連れさられて、くねくねの住むマンションに囚われの身となった。くねくねのうちは地面からとても高く、ベランダにでると眼下にヒトがあれのように見えた。兎に角、テレビでアメリカの大きなビルが崩壊したその日、あたしのアウトドアライフは幕が下ろしたのだった。

「いちにゃん去って、またいちにゃん」とはよく言ったものである。アウトドアが肌に合わないままでいたあたしが屋根のある部屋への強引な同居が決まってほっとしたのもつかの間、あたしは妊娠していた。それが妊娠だったということは、なんとなく「そうかも」と思っていたものの産んでみるまで、あたしの身体に何が起こっているのかすっかり承知していたわけではない。そもそもその頃あたしはヒトの言葉をあまり理解していなかったので、言葉を使わぬ思考をしていた。そうは言ってもあたしの体内になにか「だいじ」があることは感じていて、それが故に不安になったり、怯えたりしていたのだと思う。

くねくねのうちに来てから一週間経った日の夜中、あたしは三頭の子供を産んだ。初めての出産で何が起こっているのかよくわからなかったが、くねくねに漫才師みたい「それ、おまえのこどもやーん!」って突っ込まれて、初めて自分の子供であることを認識した。それを三度繰り返した。以降は母性に従って、彼らを育てたわけだったが、うまくいかないこともあり、一頭はあたしが噛んだり蹴ったりしているうちに壊れてしまっていなくなった。もう一頭は、いつのまにか連れされていなくなっていた。そして残ったのが、今も一緒に住んでいる息子、カントである。

くねくねに連れ去られてから、息子をぼとり、と産み落としてから、もう少しでだいたい13年経つことになる。13年。あたしにとっては宇宙みたいに理解し難い月日である。

宇宙みたいな月日の間、あたしはずっとくねくねと息子と生きてきた。



[ 2014.09.10 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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