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母猫のポン・プルクワです。
息子のカントとヒトの「くねくね」と三にんで暮らしています。


今日であたしが、くねくねと暮らし始めて13年目である。あたしが「ポンちゃん」と呼ばれてからもだいたい同じ月日が経ったことにもなる。

あたしは最初「ポンちゃん」と呼ばれていたのだが、ちょっと格好が悪いとかなんとかで、そののち「プルクワ」と名付けられた。しばらくあたしは、そのフランス語みたいな名前で呼ばれていたわけだが、呼びにくいということでまた「ポンちゃん」に戻って、そのままとなった。だからあたしの名前は今では「ポン・プルクワ」である。ちなみに、あたしを最初に「ポンちゃん」と読んでくれた女のヒトは、死んでしまったのだそうだ。病気か何かで。あたしがあのヒトより長く生きるなんてとても不思議である。あの女のヒトがいなければ、あたしは「ポンちゃん」ではなかったことだろう。背も顔を小さなヒトだった。くねくねと一緒に暮らしているヒトではなかったし、あたしがくねくねと暮らし始めてからもたまにしか会うことがなかった。けれども、あたしとそのヒトはぼんやりと結びついたままである。あたしも息子も本来はさほど名前に興味はなかった。しかしヒトと暮らしていると合図にように自分の名を呼ばれるので、それが自分のことであることを次第に身体に馴染ませていくことになった。

そんなわけで、あたしは猫で、名はポン・プルクワである。息子はカントである。息子の名はくねくねが付けた。


くねくねと一緒に暮らし始めてしばらくして、あたしと息子は地獄(病院)に連れて行かれた。そして気が付くとあたしは子供を埋めない身体になっていた。息子もちょっと変わってしまった。あたしは猫で、猫には人生の目標などない。身体があたしに求めるのは、生きろ、産め、育てろ、であった。しかし、産むことができなくなったあたしには、生きるということしか選択肢がなくなった。もう子供が産めないあたしは、何かを産み出したくなって、このブロゴを書き始めた。それは身体があたしに求めたことではなく、あたしがあたしに求めたことだった。これがどんな創造なのかはうまくは自分でも理解できない。でも、猫として感じたり、思ったりすることを自分より外に出して形にしたくなったのだ。

くねくねと暮らしているあいだに、いろんなくねくね以外のヒトとも一緒に過ごしてきた。男のヒトもいれば、女のヒトもいた。あたしがヒトの言葉を理解しはじめたころ、一緒にいたヒトが関西のヒトで、そのヒトの言葉があたしの言葉になった。が、だいぶ違うらしい。それはべつに問題でもなかろうて、ということでしれっとそのまま遣っている。

13年という宇宙のような月日を、あたしは子も産まずに、ときおりこのブロゴを書きつつも、あとは息子とくねくねと、ときどき別のヒトとともにただただ生きてきた。ただ生きるというのは、なかなかおもしろい。お腹が空く、ごはんを食べる。さもくなる、息子とくっつくかくねくねの膝にのる。寂しくなる、鳴いてくねくねを呼ぶ。窓が開く、匂いをかぐ。陽が照る、ひなたぼっこをする。うんこをして、砂をかける。これでじゅうぶんである。ヒトのいう幸福というのは、こういうことではないのだろうか。もちろんヒトのことだからわからない。ただ、何かちょっと欲しくなって、それが手に入る、ということの繰り返しの喜びというのは、あたしにとってはそのまま生命そのもののように思う。


ヒトの本を読むとときどき「生きている意味」とか「生命の大切さ」という話がでてくる。それがどうもわからないである。にゃあ、と鳴いて、くねくねが飛んできてあたしの眉間を撫でる、息子があたしの懐に入ってきて溜息をつく。そういうことで全部じゃないか、と思うからだ。意味なんてしらないし、大切かどうかもよくわからないし、興味もない。

ただそれにしてもである。13年ってやっぱり長い。明日のこともよく考えられない、いや考えないあたしにとっては見たこともないが、海よりずっと広い時間である。そのあいだ、ずっとあたしは、生きてきたのかと思うと、毛玉を吐くほどびっくりする。

まあ、吐かないけど。




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母猫のポン・プルクワです。
あたしと息子のグッズを販売しています。
Ponne et Kant Pourquoi
売上はあたしたちの生活費になる(はず)です。
これで好きなだけ、好きなモノを食べ、新しいおもちゃを不自由なく買うつもりです。
みてみてくだにゃい(こび)。
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[ 2014.09.11 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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