_MG_2126.jpg


母猫のポン・プルクワです。
息子のカントとヒトの「くねくね」と三にんで暮らしています。

以前、心の乾きは言葉を遣うようになってから生まれたという話を読んだ、ということを書いた気がする。あたしの寂しいという気持ちは、はたして、この心の乾きに含まれるものなのだろうか。寂しいという気持ちは、自分のなかに足りない隙間がある感覚である。そこには、温かい体温と向けられる意識と行動が入るようにできている。あたしを見て、あたしに近づき、あたしのしてほしいことをわかり、身体を触れる。そうして欲しい何か、そうしてもらって満たされる隙間を、あたしは寂しいという気持ちなのだと思っている。器にごはんがなみなみと盛られるように、撫でられ、話しかけられることで満足した按配になっていく。しかし時がたてば、それらはみるみる減っていって、すっかり空となる。空になったら、空になったと訴える。

するとあたしの嫌いな言葉、「ちょっとまって」がかえってくる。あたしは待たない。あたしも息子も待つということをしらない。だから再三にわたって呼び続ける。「空だよ」「空空ですよ」「♪ななななななな、ですよ」。しかし、隙間を埋めようとしてくれない。みみつんぼ、という言葉をあたしはしっている。きこえていないのかもしれない、と思って、くねくねがじっとりと見つめているモニタとくねくねの間にあたしは割り入る。見えれば、気づくであろう。すると今度は、机の端っこに置かれる。もうしょうがないからあたしはそこで眠ったふりをしてやる。かちゃかちゃとうるさいが、すやすやと眠ったふりをする。ときどき本当に眠る。眠っている間に「ちょっとまって」が終わればいいのに、と思う。

しかしちょっと待ってはなかなかやってこない。そのうちに、息子のカントの隙間があいて、あたしに触って埋めようとしてくる。そうするとくねくねの机はもう隙間がなくなるので、観念して、みんなで隙間の埋め合わせが始まる。くねくねが溜息をつきながら、あたしと息子を撫でるのだ。

すっかり寂しいの隙間が埋まる頃、こんどはお腹の隙間が目を覚ます。こんなふうに一日はだいたい隙間を埋めている間に過ぎていく。




↓これをぽちりすると白黒猫ランキングで1位に近づくそうです。押してほしい。今9位くらい!

白黒猫 ブログランキングへ

-------------------------------------------------
母猫のポン・プルクワです。
あたしのツイッター: @ponyan01

あたしと息子のグッズを販売しています。
Ponne et Kant Pourquoi
http://ponnestore.com/
-------------------------------------------------
[ 2014.10.02 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

秘密