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母猫のポン・プルクワです。
息子のカントとヒトの「くねくね」と三にんで暮らしています。


カーペットって心地よいのだが、今の我が家から撤去されてしまった。床はさもい。今の我が家にはソファもない。ホカペもない。レーザーディスクは何者だ? 話がそれた。カーペットは息子のカントがおしっこをするから、破棄されたのだそうだ。しかしまあそういうことであれば致し方あるまい。ヒトはこと糞尿となるとものすごく潔癖である。あたしたちは優雅な立ち居振る舞いをしているものの肛門丸出しで生きている。根本的にその辺は異なるのだ。あたしたちは自分の舌がウォシュレットである。同じ舌で食事もする。そういう生き物である。どうしても息子がおしっこをしてしまうなら、そういうさがである。

しかしである。カーペットがあると便利である。

というのもまず我が家はさもい。なんとなくさもい。ぼっこしている間は日の当たる場所はぬくいのだけれど、基本床は冷たい。次に気軽に避難できる場所がクッション島である。しかしなんというか島感がある。高さわずか10センチというクッションなのであるが、「さてのるぞ」という意識が先行する。そのつぎにはヒトベッドまたは猫ベッドなのであるが、どれもが「さてのるぞ」という意識を要するのだ。

そのてん、カーペットは良い。その上を歩きながら「あ、寝よ」と思ってそく眠れる。そく休憩がとれる。手続き不要である。思ったその場所が休憩所である。なんて便利なのだろう。歩く、寝る、起きる、寝る、起きるかな?と思わせておいてまた寝る。寝返りをうつ、伸びる、起きるかな?と思わせてまた寝返る。起きる。というなんともスムーズで自由な休憩ヴァリエーション。たまらない。ヒトベッドでもできるか、といえばさにあらず。ヒトベッドはもうぼっけぇもこもこしているのである。休憩専用の土地なのである。起きて移動するには不適切な場所なのだ。もちろん、ぬくく寝るか、と思うなら選ぶ土地なのであるが、カーペット的な気軽さ、は欲しいところである。

あ、ちょっと爪とぐかぁ、とことことこ、あ、やっぱ寝よ。

この気軽さである。

トイレいこー、とことことこ、あ、その前にちょっと寝よ。

この気軽さである。

むくり。あれ、何したかっただっけ? あ、そうだトイレだ。とことことこ。ぐー。

この気軽さである。


それにしてもどうしてカーペットにおしっこをしたくらいで、捨ててしまうのだろう。ちょっとくらいいいではないか。とはいえ、あたしも息子がおしっこをした場所で、くつろぐこともできないから、ほどほどにしてもらいたくはあるのだけれど。


どんまい。


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[ 2014.11.19 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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