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母猫のポン・プルクワです。
息子のカントとヒトの「くねくね」と「ちょろ」、それからわんこ2つと暮らしています。

 あたしの訴えが届いたのか、なんなのか、昨日と一昨日とブラッシングしたり、側にいてくれたりとくねくねがあたしに取り繕っていた。そうでなくてはいけない。

 それにしてもである。昨日フェイシャルブックであたしの投稿につけられたコメントを読んだ。くねくねとちょろが仲良く手を繋いで外を歩いたとのことである。そこに至るまでの過程をしる方が、その光景に感情高ぶるものを感じたというのである。あたしもくねくねの半生に近い時間を眺めてきた。息子の人生であるし、あたしの人生である時間の間、くねくねを見てきた。残念かな、ちょっと前のことになると記録を参照しないことには何があったのかあまり思い出せない。が、くねくねが穏やかになって、諍いも起きず、また文字通りのたうちまわって苦しむ姿もなくなり、なんというか、そうか確かに良かったな、と思うに至った。

 ヒトがどうして何十年も生きてまだ未完成なのか、ということはこういうことなのかもしれない。変化していく余地が常にあるのだろう。世間というものをぐるりと見渡すと、間違えたヒトの行いはニュースとなって伝播する。偉業もまた伝播するものであるが。ヒトというのは、ずっと先まで見通せる目を持ちながら、ちゃんと前をみることをためらう生き物である。怖がりながらも、前を向いて進むヒトは強い。そういうヒトの軌跡というものは良い。

 さてくねくねはどうなのか。あたしは良く分からない。だけれど、少なくとも彼なりにあたしや息子、それにわんこ二頭にちょろを大事にしようと日々努力している様子である。もちろん、あたしに遣う時間は少なすぎる。まるっと一日猫に遣う日を設けるべきである。至らないところ集めたら、おせち三段くらいの品数に相当するだろう。それでも前には進んでいるのかもしれない。あたしはもう完成された猫である。成長というよりは熟慮や思案の模索を続けるステージにいる。だから気分としては先輩だ。

 馬鹿みたいだなと思うも「仲良き事は美しき哉」というのは確かにそうだ。ヒトや猫や犬どうしが仲良くしてくれるだけ、うちの中には幸福の気配に満ちる。ケンカしない、怒らないというのは、偉業だ。伝播したりニュースにはならないけれど。仲良くするのは良い。







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[ 2015.04.20 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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