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母猫のポン・プルクワです。
くねくねとちょろと丁稚のわんこ2つと暮らしています。

息子との思い出、というものはあまり見つからない。ただただくっついていたなぁという漠然としたものばかりである。思いでより感触の記憶である。息する音や匂い、それと温もりである。また猫ベッドはふたりで入るといつも狭かった。息子が死ぬ少し前からはゴリゴリにやせて背骨があたしの身体にめり込んで痛かった。事件もちょっとしたエピソードもあまりない。何もないがいつも一緒にいた。一緒にいた頃には息子の存在があたりまえだったが、いなくなった今、猫ベッドは広く、あたしはいつもひとりである。息子のごはん皿もなくなっている。猫ダイニングにはあたしの皿だけがある。

 こうなってみて思うのだが、猫はひとりよりもふたり以上でいるほうが良いのかもしれない。が、仲の悪い同居猫同士もいると聞く。あたしは親と子ということもあり、仲良くなってこられていたので、そういうのはちょっとわからない。それに今知らない猫が我が家にくることも求めていない。犬だけで手一杯である。

 古い写真をみていると、息子の写真がいっぱいでてくる。この写真はよよようえはらに住み始めたころのうちで、この場所を息子は気に入っていたが、あたしは登れなくって彼が独占していた。漫画がいっぱいあった時代であたしはこのとき、ドカベンと蒼天航路を途中前ちらちらと読んだ。くねくねの同居ヒトは、おでこだった。くねくねはいつも悶えるように生きていて、同居するヒトは大変そうだった。今でこそ、そのバタバタと死にかけのセミのような生き方は落ち着きをみせているが、彼をみていると生まれ変わるなんてことが万に一つあっても、ヒトにはなりたくないものだと何度も思ったものである。

 あたしはこれからもしばらくのあいだ、寂しいと思いながら生きていくことだろう。そのいちに息子の記憶も薄まって平気になるかもと思っていたが、思いの外、彼の不在感は日に日に増して、今では一緒にいたときより、彼が存在していたという意識が強くなっている。皮肉なものである。あたしは寂しい。寂しいのでヒトに甘える。ヒトはできるだけそれに答えようとするが、うまくいかなかったり、くねくねにはあたしに割く時間があまりなかったりしている。

 今日は天気が良いのだけれど、陽に当たる気がしないで、猫ベッドでずっと横になっていた。ときおりくねくねが近づいてきてあたしのお腹にそっと触れる。あたしは何が言いたいのか自分でもわからないままにひと鳴きして、くねくねを観る。くねくねもなんと言っていいかわからない目をしている。

 しかしこのような不在がなければ、あたしは息子といることはかなわなかったであろう。だから良い。これが悲しみなのかわからないが、そうだとしても、こんにちは、といって上手くやっていきたい。



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[ 2015.05.08 | 猫日記 | コメント: 2 | PageTop↑ ]

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