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猫のポン・プルクワです。

あたしは、がんになったそうである。

鳥のではなく、
英語の銃でもなく、
ダムつけてロボットでもなく、
病気のがん。

がーん。

のがん。

くびのうしろにできものがずっとあって
じゃまくさくおもっていたのだけれど、
それががんになったそうだ。
ちょっとかわったひふがん。

くねくねのことばだと、
地獄(病院)での拷問(治療)は
あまりかんがえていないそうだ。

それでも
地獄参り(検査)には、
行くみたいである。

いままでもちょこちょこ
はなしてきてはいたけれど、
猫には、あんまり未来というかんがえがない。
過去もあまりない。
でも未来よりはある。

なんでも、
人間でも、
狩猟採集民は
似たようなので
未来がないそうである。

農耕民になってから
生まれたかんがえだそうだ。

ユヴァル・ノア・ハラリというひとの本だか
鈴木祐というひとの本だかに
かかれていた。

だから、ばくぜんとした
不安はない。
それでも、じぶんが今までのように
動けないとか
歯が調子悪いとか
こまごまとした不調にたいして
はっきりとした不安は感じる。

それでひとに甘えるのだけれど、
飼い主ふたりは、
あたしの呼び声や甘えに
ほとんど応える。
がんになるまえも
なったあとも。

あたしは、
寂しさとか不安とかを
感じながら、
撫でられて、
目をみて話しかけれられて
それが温かく包まれて
変容していくのを感じる。

冷えた冬の日の朝に
息子の猫が
あたしのそばによってきて
身体をつけて眠り始めることが
よくあった。

むすこの身体や毛は、
窓のように冷たくて
すこししっとりしているのだけれど、
あたしとふれあい続けることで
温まってきて
むすこのほうが温かくなる。

そういう感覚を思い出す。

寂しいとか不安に
応えてくれるそんざいというのは、
エントロピーに立ち向かう生命の
勇気じゃないだろうか。

あたしは、
エントロピーと戦いながら
甘えながら
少しずつ死んでいくはずである。

それは、いわゆる
幸福というものに近いのかもしれない。

窓のうちがわから
降る雪をみたことがある。
しろく冷たそうでおぼろだった。

でもあたしは、
息子や飼い主たちと一緒で
暖かった。

冷たいということは
温かさを感じることの
前提になる。




 



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[ 2018.11.06 | 猫日記 | コメント: 1 | PageTop↑ ]

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