おまけ
2013.10.11
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猫なのに、人生について思うものがあった。「猫なのに」がどこにかかっているのかというと「人生」の「人」の部分である。「猫生」って書くとなんだか分からないし、ライフって書くとおしゃれな気がするからも、もういいでしょ? 人生でって思ったけど、「猫なのに」をつけて済ませてみました。

あたしはもう子供を産めない。生き物としては、子供も育ておわった今、あたしが生きている意味などない。なのに生きている。ヒトのようにそのことについて悩んだら落ち込んだりすることはもちろんないが、にゃんで生きているのか、と考えることはある。考えてみて、思ったが、たぶん意味なんてない。

あれ? まえもこんなこと書いたっけ?

まあいいか。意味があるかどうかを考えるのはヒトのくせである。意味や意義や理由は生きるのに必要なものではない。じゃあ何が必要なのか。あたしはご飯だと思う。あとはぜんぶおまけだ。おまけで息子を噛んでベッドからどけさせて、おまけて朝くねくねの肘のうえを噛む。おまけで昼寝して、おまけで遊ぶ。ほんとどぜんぶおまけだ。

そう思うと、日向の心地よさや、雨の日の音の跳ね返り方の違いや、「ただいま」という声や、寝ながら撫でる手が止まる刹那など、ぜんぶとってもありがたいものだと思う。祝福すべき、おまけやんな、って思う。

子供産めない、生きる意味もないあたしは、毎日、素敵なおまけを楽しんで生きている。


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