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猫です。

ヒトのことを猫はどう思っているのか。

あたしたちは、自覚をもって依存しているなぁと思っている。依存しているおもにごはんだが、思えば屋根やうちもそうだし、水もそうだ。トイレもあってうれしい。トイレは気がつけば綺麗になる。鳴けば夕ごはんもはやくでてくる(ちょろい)。

庇護という表現がぴったりくると思う。守られて大事にされている、そうおもう。

不満はいっぱいあるし、感謝という概念はそんなに猫にはない。それでも一緒に生きているということはつよく実感できる。あたしの想像力ではいまひとつはっきりと比較できないのだが、誰かと一緒に生きていくことと一人で生きていくことは大いに異なるのではないかしら。イライラしたり噛んだり、噛んだ後で舐めてやったり、一緒に寝たり、遊んだり。なんでもないようなことが、幸せである。虎舞竜。しかし過去形ではない。今の幸福についての話だ。

これまた定かではないが、見ていて思うことなのだが、あたしの飼い主も愛されるということを知っていて、実感しているから、こそのあたしたちへの愛も枯渇することなく注いでくれるということがあるんじゃないかなと。川下のほうへいけば薄まるのかもしれない。けれど、誰かを大事にするとあふれた思いは他所にも流れていくように思う。

しかしまぁ、いただく愛を貯めて、蒸したささみの鰹節がけと交換できたりしないだろうか。もしできるなら、あたしは頂いた愛のあまりは誰にもあげずとっておく。毎日ささみが出来るならべつだけど。







[ 2013.11.18 | 猫日記 | コメント: 0 | PageTop↑ ]

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